○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。加藤大臣、お久しぶりでございます。
今日は、広島、長崎原爆の黒い雨について質問したいと思います。
原爆は、一瞬のうちに広島、長崎を壊滅させ、原爆放射線の被曝は戦後七十八年たっても被爆者を苦しめ続けるという、人類と共存できない非人道的な障害をもたらしています。
原爆資料館にも展示されているように、体の外からの外部被曝とともに、黒い雨や灰などの放射性降下物による残留放射能を吸い込んだり、汚染された水や食べ物を取り込んだりして体の中から被曝する内部被曝があるということは、言わば唯一の戦争被爆国である我が国が世界に発信し、最低限共有すべき事実ではないかと思います。
そこで、外務省にまずお尋ねしたいと思うんですが、G7広島サミットが近づいております。来日される各国首脳が被爆の実相をつかみ、核兵器のない世界へ発信するサミットになるように、被爆者にお会いいただいて、そして原爆資料館を訪ねていただいて、十分な時間を取って御案内を是非していただきたい、実現していただきたいと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(北川克郎君) お答え申し上げます。
G7広島サミットの具体的日程については、現在最終調整を行っておりまして、詳細は差し控えたいと思いますが、被爆の実相をしっかりと伝えていくこと、これは核軍縮に向けたあらゆる取組の原点として重要であります。
こうした観点も踏まえつつ、サミットの日程全体を通して有意義なものとなるよう、最後までしっかりと検討してまいる所存です。
○仁比聡平君 是非実現をしていただきたいと思います。
その上で、厚生労働大臣に、広島、長崎の黒い雨被害者の援護の問題についてお尋ねをしたいと思います。
政府は、黒い雨による被爆者援護に長年にわたって背を向け続けてこられました。ようやく一九七六年に、お配りをしている一枚目の資料のピンク色に記されている、戦後直後の困難の中で広島管区気象台の宇田技師が調査をした、いわゆる大雨地域あるいは雨域のみを第一種健康診断特例区域として、その外にいらした方々は援護の対象としないという姿勢を続けてきたわけですね。
それを大本から正したのが二年前、二〇二一年七月十四日の広島高裁判決でした。まず、厚生労働省に確認をいたしますが、この判決は、被爆者援護法一条三号に言う「原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」とは、原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者であるとして、宇田雨域の外、爆心地からの距離でいえば三十キロ離れたところで黒い雨に遭った人も、いわゆる三号被爆者、被爆者と認めたものだと思いますが、そのとおりですか。
○政府参考人(佐原康之君) お答えいたします。
広島高裁判決でも、一審原告らは法一条三号に該当し、被爆者健康手帳の交付を義務付けるのが相当という判決をいただいております。
この爆心地からおおむね十キロから三十キロ離れた地点にいた八十四名の原告の方への被爆者健康手帳の交付を義務付け、被爆者と認めたものであるというふうに認識をしております。
○仁比聡平君 今の御答弁の前提として、健康被害が生ずることを否定できない事情の下にいた者、これが援護法一条三号に言う被爆者なのだと、それがこの高裁判決なんですよ。
私は、その判決要旨を、四枚目辺り御覧いただいたらと思いますが、この判決の中核というべき判断は、この四枚目の下の部分にある部分だと思うんですね。
広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったという暴露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、黒い雨に直接打たれた者は無論のこと、たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水、井戸水を飲んだり、地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むことで、内部被曝による健康被害を受ける可能性があるものであったこと、すなわち原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったことが認められるという部分です。
宇田雨域の大雨地域と川一本挟んだだけで、小雨地域だから対象外とされて、黒い雨に遭って、山水や野菜も食べて、様々な病気に苦しみながら何の援護も受けられないできた方々を被爆者と認めた。本当に画期的な判決だと思いますが、これに対して政府は上告を断念して、原告八十四人全てに被爆者手帳を渡されたわけです。これ、手にした原告たちの喜ぶ姿は、私にとっても、とても忘れられないものです。
同時に、政府は、原告と同じような事情にあった方々は裁判によらず認定救済を図ると表明されて、昨年四月、ともかく新しい審査基準を示して、被爆者手帳の申請、審査、交付を進めておられます。
そこで、実績を資料の二枚目にお配りしていますけれども、厚労省に、この一年、申請の総数、手帳の交付数、却下数がそれぞれどのようになっているか、教えてください。
○政府参考人(佐原康之君) お答えいたします。
本年三月末現在の黒い雨に係る被爆者健康手帳の交付状況は、申請件数四千九百七十四件に対しまして、三千九百八十四件を認定、百九十件を却下しているものと承知しております。残りの約八百件は現在審査中でございます。
○仁比聡平君 このうち、広島県、市では、合わせて申請が四千六百九十六人に対して、交付が三千七百六十三人、そして却下件数が百八十四人ということになっているんですね。広島県、市を中心に、これまで援護対象とされなかった方々、三千九百八十四人に被爆者健康手帳が交付されたと、これは本当に大切なことだと思います。ところが、広島県、市でいうと百八十四件却下されていると。
これは、政府の新たな審査基準が被爆者を再び分断することになっているのではないのかという大きな怒りが被爆地から起こりつつあります。それは、広島高裁判決に政府が従わないからなんですよね。広島県、市の数字でいうと、まず十一種の疾病に罹患していることが確認できないとして九十五人が却下をされていますが、政府参考人、広島高裁判決は、十一疾病は要件にすべきでないとしたのではありませんか。
○政府参考人(佐原康之君) お答えいたします。
この広島高裁の判決におきましては、黒い雨や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を科学的な線量推計によらず広く認めるべきとした点につきましては、従来の被爆者援護制度の考え方と相入れないものでありまして、引き続き政府としては容認できるものではないという状況でございます。
このため、御指摘の令和三年七月の総理談話におきましても、判決の問題点についての立場を明らかにした上で、上告は行わないこととし、八十四名の原告の皆様に被爆者健康手帳を速やかに発行するとともに、原告と同じような事情にあった方々については、総理談話を踏まえ、判決の内容を分析した上で救済の基準を策定し、訴訟外においても救済することとしたものでございます。
○仁比聡平君 その考え方が間違っているということなんですよね。長年にわたる政府の被爆者援護制度の考え方は、これは間違っていますという判決ですから、そういう意味じゃ政府の従来の考え方と相入れないのは当たり前のことですよね。
その政府の考え方、例えば一九八〇年の原爆被爆者対策基本問題懇談会というところの答申があります。よく基本懇答申と呼ばれますが、これについて、この広島高裁判決は、被爆地域の指定の拡大について歯止めを掛けることを強く意図して、政策的な見地から作成されたものであることが明らかだとして、国の主張を退けたんですよ。そして、皆さんは上告を断念されたわけです。
この十一疾病の関係でいいますと、そもそも被爆者援護とは何かと。もちろん、原爆症を発症しておられる方には当然治療に遺憾のない保障をしなきゃいけない。だけど、放射線の被曝被害というのはいつ発症するか分からないという強い不安があるわけだから、健康を管理してもらうという保障をしなきゃいけない。だから、健康被害が顕在化していない者を援護の対象にするというのが被爆者援護法の趣旨でしょうと。そういう法律の趣旨なんだから、三号被爆というのは、先ほど確認をしたようなそうしたものというふうに解さなければ駄目じゃないかと、それが法律じゃないかというのが判決じゃないですか。それを、上告断念して受け入れておきながら、確定しておきながら、政府が勝手にその判決の趣旨と違う十一要件をつくるというのは、これは法を作り替えるという話じゃないですか。これ、こんなおかしいことを大臣、やっている結果、多くの方々が却下されるという事態というのは、これはおかしい話だと思うんですよ。
資料の最後に広島・長崎原爆被害者援護対策促進協議会、広島県、市や長崎県、市始めとした八者協などとよく呼ばれますが、これは昨年七月の対政府要望書から抜き刷りしたものですけれども、この中に、十一種類の障害を伴う疾病に罹患されている、していることが要件とされており、長崎は対象外となっている、高裁判決を尊重し、事務処理基準から疾病要件を外すとともに、同じ被爆地である広島、長崎の援護に差が生じることがないようと国に求めていますよね。
この検討というのは、これ大臣、今後どうされるんですか。
○国務大臣(加藤勝信君) まず、その仁比議員のおっしゃっているところのまず大前提として、今回、総理談話のポイントで、救済を図るべきであると。しかし、必ずしも、この一審、二審の議論について、本来であればなかなか受け入れられない部分もあるということで、結果として、しかし、この対象になった人たちは救っていく、そしてその救う基準として今、先ほど委員がおっしゃったような基準を出させていただいているわけであります。広島への原爆投下後の黒い雨遭ったこと、十一類型の疾病を抱えていたことが確認されたということで、かなりの方の今申請を受け付けて、既に交付をさせていただいたところであります。
また、十一疾病のお話もありましたけれども、原告の方々が黒い雨に遭ったとする地域より爆心地に近い地域として第一種健康診断特例区域が設定されているわけでありますが、この区域にいた方においても、健康診断の結果、十一類型の疾病にかかっている場合に被爆者健康手帳を交付してきた、こういう経緯がありますので、こうした点も踏まえると、今回の黒い雨に遭った方々について、これまでの第一種健康診断特例区域の方と同様に、十一類型の疾病を発症していることを要件とすることは適切であるというふうに考えているところでございます。
それから、長崎についてということでありますが、長崎については過去に最高裁まで争われ、被爆地域として指定されていない地域においては、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあったとは言えず、原子爆弾投下後間もなく雨が降ったとする客観的な記録がないとした判決がこれは既に確定しているところでございますので、広島と長崎では状況が異なるため、長崎での被爆者健康手帳の交付には、今申し上げた広島と同様の基準の下でということにおいては難しい問題が、課題があるというふうに考えているところでありますが、引き続き、長崎県、また長崎市からも様々御要望もいただいておりますので、よく意見を聞いていきたいとは考えております。
○仁比聡平君 その意見をよく聞いていきたいという後段の部分はちょっと後ほどもう一回議論したいと思うんですけど、十一疾病の件について適切だという御答弁されましたけど、それが間違っていますというのが広島高裁判決なんですよ。
現に、この狭い線引きの誤りというのは、広島高裁判決に励まされて声を上げて手帳を申請をした被害者の実態によっていよいよ明らかになっていると思います。この広島高裁判決どおりに被爆者と認めよというこの要求に従うことを強く、応えることを強く求めたいと思うんですが、もう一点の却下の大きな理由、黒い雨に遭ったことが確認できないという却下が広島県、市で七十七人、これまでにいらっしゃいます。
そこで、ちょっとお尋ねをしたいんですが、資料の一枚目の図でオレンジ色に写っている吉和村という、今の廿日市市があります。吉和国民学校の校庭で五百人の生徒が朝礼始まるのを待っていたと。そこに、ぴかっと光って、どおんと物すごい音が爆心地方向からして、その後、焼けた紙くずや灰、そして黒い雨が急に夕立のように降ってきたと。ずぶぬれで家に帰った。今、白内障や高血圧や糖尿病を患っている人たちもいるんですが、これ却下されています。
これ大臣、国は、宇田降雨図、そして一九八〇年代の増田降雨図、二〇〇八年以降の広島県、市の調査に基づく大瀧降雨図、この雨域の中でなければ黒い雨に遭ったと認めないんですか。
○国務大臣(加藤勝信君) 黒い雨に係る被爆者認定指針において、原告と同じような事情の者として黒い雨に遭ったことを要件としており、被爆者健康手帳の申請者が黒い雨に遭ったことを確認する方法として、「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等訴訟の第一審判決及び第二審判決において黒い雨が降っていたことについて事実認定に用いられた資料や申請者が黒い雨に遭った当時の居住地や通学先、勤務先の分かる書類などを基に個々の事情を踏まえて確認することとしております。
したがって、被爆者健康手帳の認定に当たっては、裁判所が事実認定に用いた資料と申請者が黒い雨に遭ったとする場所が基本的には一致していることが求められると考えておりますが、御指摘の雨域、雨の降っている区域と一致しない場合についても、個々の事情を踏まえて確認した結果、原告と同じ事情の者と認定されることはあり得るものと考えています。
○仁比聡平君 現に、厚労省に確認しますが、その雨域の外にある四和村という、現在の廿日市市のエリアで被爆をした方で、四和にも雨は降ったという怒りで申請をされた方が、ようやくこの間の四月、被爆者手帳が交付されました。それは確認できますか。
○政府参考人(佐原康之君) お答えいたします。
広島県、市におきまして被爆者健康手帳の認定の判断を行っておりまして、個別の認定の状況の詳細について国としては把握をしておりませんけれども、お尋ねの、原爆投下当時、旧四和村にいらっしゃった方について、個々の事情を確認する中で八十四名の原告の皆様と同じような事情にあったことが確認され、認定されたケースはあると承知しております。
○仁比聡平君 現にあるんですよね。つまり、広島原爆の放射性降下物による被曝被害というのは、この三雨域の外にも広がっていることが明らかになっていっているわけです。それがこの四千件ほどのその申請の中で明らかになってきていて、実際、原爆の投下、大量の降下物や黒い雨という極めて特異な出来事という八月六日の記憶については鮮烈に脳裏に焼き付けられているというのが自然かつ合理的だというのが広島高裁判決です。そうした立場で審査に臨んでいただきたいと思うんですね。あの、八月九日の長崎原爆についても同じことのはずではないでしょうか。
ところが、資料の八枚目、九枚目御覧いただくと分かりますが、長崎の原爆被爆地域は基本的に終戦時の長崎市の市域に限られて、健康診断特例区域も爆心地から南北約十二キロメートル、東西は僅か約七キロメートルに限られているわけです。そこから外れた地点にいた人は被爆者として認められないで今日まで来ているんですね。
大臣、広島原爆で非人道的な被害を広げた放射性降下物が長崎原爆では降らなかったとでもおっしゃるんでしょうか。
○国務大臣(加藤勝信君) 先ほど申し上げましたけれども、長崎においては、過去に最高裁まで争われ、被爆地域として指定されていない地域においては身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあったとは言えず、また、原子爆弾投下後間もなく雨が降ったとする客観的な記録はないとした判決が確定しているものと認識をしています。
○仁比聡平君 そのおっしゃる最高裁判決というのは、私が今問題にしている黒い雨あるいは放射性降下物、灰も含めて、これが争点になったものではない。だから、その判決のその部分も判例でさえない。だから、長崎県が設置をした長崎の黒い雨等に関する専門家会議含めて、先ほど申し上げたような、長崎を外すのおかしいじゃないかという大きな怒りが突き付けられているわけでしょう。
その専門家会議の昨年七月の報告書から九枚目の資料をお配りしています。
これは、平成十一年に、半径十二キロメートル以内にありながら被爆地域から外されている地域の被害実態を明らかにするために、八千七百名を対象とする証言調査が行われたわけです。その中から、雨や灰などの降下物、あるいは井戸水や野菜を食べたなどの内部被曝に関する記述を御苦労されて集計をされたわけですね。その結果、雨に関する記述があるものが百二十九名、そして灰などの放射性降下物に関する記述は千八百七十四名にも上っているわけです。
この図を見れば、被爆指定地域の外に広く原爆被害が及んでいるということは、私は一目瞭然だと思います。
続けての十枚目、十一枚目の資料は、長崎県保険医協会が、その百二十九名の雨の証言だけを取り出して御苦労されてマップに地点として落とされたものです。長崎原爆の雨地点デジタルマップというものなんですけれども、これ見ると、未指定地域で被爆された方々がどれだけ多いかよく分かります。加えて、米軍マンハッタン調査団や、あるいはABCCが戦後直後に調査を行っていますが、それを見ると、大きく被害が広がっている。
こうしたことを見たときに、大臣、広島では、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館が所蔵している被爆体験記から、その次に記載をしたように、当時の自治体に落とした調査をやっているんですね。長崎でも同じようにやるべきだと強く求められていますが、いかがですか。
○国務大臣(加藤勝信君) 長崎の被爆者体験記から雨が降ったことに関する記述を抽出、集計する調査については、長崎県及び長崎市から要望を受けております。
現在、国において、長崎県、市と必要な連携をしながら、約十二万件の被爆体験記について、調査の実施体制などについて議論をさせていただいているところでございます。
○仁比聡平君 戦後七十八年、この広島、長崎の原爆の被害、そしてその実相を世界に発信する、そのためには援護を、本当に救済すべき人を救済しなければならないと、今政府は根本的に転換が求められているということを強く申し上げまして、今日は質問を終わります。
ありがとうございました。