○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
今日は、刑事訴訟における被害者や事件関係者の個人特定事項の秘匿の問題についてお尋ねをしたいと思います。
まず大臣に、現行法の下での運用の意義あるいは趣旨について先に確認させていただきたいと思うんですけれども、お手元に、まだ大臣のところには届いていないみたいですが、法務省、ああ、それですね。法務省といいますか、検察庁で今年の三月に発行ということですけれども、「犯罪被害者の方々へ」という、「被害者保護と支援のための制度について」というパンフレットから一ページ抜かせていただきました。
というのは、犯罪被害者をかつて証拠としてしか扱わない、だから、被害の発生時から到底被害者の尊厳を尊重したものとは言えないような取扱いが、これは警察においても検察においても、それから裁判においてもされてきたではないかと、厳しい批判の中で、この間、この被害者保護の法改正や運用がなされてきているわけですよね。
御覧いただいているページには、証人への付添い、あるいは証人の遮蔽、あるいはビデオリンクが紹介をされていますけれども、つまり、証人尋問に当たっての遮蔽措置というのは、刑訴法の二〇〇〇年改正で法定されました。法廷と別室をつなぐビデオリンクでの尋問もこのときにされ、かつ、被害者などからの申出によって、被害者特定事項、今回の法案でもその言葉が使われているわけですけど、氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項を公開の法廷で明らかにしないという、こうした法改正は既に二〇〇〇年代にされています。今申し上げた公開の法廷で明らかにしないというのは二〇〇七年の改正ですよね。
その後、二〇一六年の改正で、この公開の法廷で明らかにしないという決定を証人や鑑定人などにもできるようにすると、かつ、ビデオリンクの証人尋問を裁判が行われている裁判所とは別の裁判所でも行えるようにする、かつ、証人や証拠書類、証拠物閲覧の際に個人特定事項を被告人に知らせないという条件を付して弁護人に開示すると、今日午前中、古庄委員の質問に松下局長お答えになっておられましたけど、そうした改正もこの二〇一六年に行われてきました。
これらの改正とその下での運用というのは、当然のことですが、被害者を刑事裁判上保護しようという趣旨のものだと思いますが、大臣のその被害者保護への認識や思いも含めてお尋ねをしたいと思います。
○国務大臣(齋藤健君) 被害者等の方々が被害から回復し平穏な生活を取り戻せるよう、被害者等一人一人に寄り添ったきめ細やかな支援を行うことが必要であることはもう当然のことだと私思っておりますし、それに加えまして、刑事手続の過程において、被害者等の方々が再被害を受けたり、その恐怖、不安を抱いたりすることがないように、制度上も運用上も適切な配慮がなされることが非常に重要であると認識しております。
今回の法改正案も、こうしたことを踏まえて、被害者等の氏名等の情報を保護するために所要の法整備をしたいというものであります。
○仁比聡平君 大臣のおっしゃるとおりで、おっしゃるとおりというのは、つまり、犯罪被害者、特に性犯罪被害者の個人特定事項が加害者に知られることで、報復だったり、あるいは名誉、平穏な生活への加害、侵害、あるいはそうした加害を受けるのではないかという不安そのものが、被害申告や法廷での証言をためらわせたり、その中での被害者の強い葛藤、この被害者と言っているのは家族なども含みますけれども、その葛藤によって被害者が傷つけられるという、そうしたことがないようにということは私も一貫して求めてきたことなんですね。そういう意味で、刑事裁判における被害者保護というのは重要だという認識は、とりわけこの二〇〇〇年改正以降、法曹関係者の中で共有されてきていると思うんですね。
ちょっと通告されていないともしかしたら局長おっしゃるかもしれないけど、そうしたこれまでの運用の中で、今回の法案の起訴状、この起訴状に被害者の氏名、もちろん住所は記載しないということは現行法でも可能だし、やられているんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府参考人(松下裕子君) お答えいたします。
御指摘のとおりでございまして、現行法の枠内でもそれは可能であるという考え方を取りまして、例えば、被害者の名前を書く代わりに、誰、どんな人に対する犯罪であるかということが特定されていればいいという考えの下に、親御さんのお名前を書いてその方の続き柄を書く、誰々の長女とかというような形で書くとか、あるいはLINEでやり取りしているハンドルネームだけしか分からない人であれば、何々においてハンドルネーム何々と名のっている方とかという形で、被害者の名前を特定するというような形での運用上の工夫は行ってまいりました。それが裁判所に認めていただいた例もございました。
しかしながら、現在の裁判実務においては、このような運用上の措置というのは、解釈上、再被害のおそれが高い場合でないと、限定的にやるべきだというような考え方が取られておりまして、どのような場合に秘匿できるのかというのが法律上明確ではないということで、被害者の氏名等の情報を十分に保護することができるとは言えないというのが現状でございまして、それで今回の法案を御提案するに至ったという流れでございます。
○仁比聡平君 今お話しのように、既に被害者の名前が起訴状に書いてある裁判でも、公開の法廷でそれを朗読しないと、そこは、名前は言わないという扱いはできるんですよ。かつ、そもそも検察官の判断によって、被害者の名前を書かない起訴というのもできるようになっていると。つまり、それは検察官の言わば判断ということだと思うんですが。
とりわけ、性犯罪において加害者が被害者と面識がないと。多くの性犯罪の場合面識があるんですけれども、だけれども、もちろんないケースもたくさんあって、面識がない、だから被害者がどこの誰かは知らないという加害者がこの裁判手続によって被害者を特定してしまうと。そのことによって恐怖が生まれるということだけは避けてほしいというこの被害者の思いというのは大変よく分かると思うんですよね。
こうした起訴状で被害者氏名を匿名にした事件の数あるいは起訴状の数のようなものというのは、これ、法務当局としては、把握して私たちに教えていただけるものか。
加えて、今もちょっとお話ありましたけど、それでは、起訴状、公訴事実、訴因が特定されていないじゃないかということで求釈明の争いになったりして、つまり防御権が実質的に争点になったようなケースというのは把握しておられますか。
○政府参考人(松下裕子君) まず、一つ目のお尋ねの点でございます、そういうことをした件数を把握しているかという点でございますが、大変恐縮ですが、その件数を網羅的に把握しているものではございませんで、そういう工夫をしたのが何件なのかということをお示しすることは難しいのでございまして、そこはちょっと御理解いただければと思います。
一方、そういうふうにその起訴をしたけれども、それがその裁判所において認めていただけずに、裁判所において、その起訴状の公訴事実はできる限り罪となるべき事実を特定しなければならないとなっているわけですが、そのできる限りというのは、その被害者の名前が分かっているのであればそれを特定するべきだというような御判断の下に、このままですと公訴棄却になって、その訴因が特定されていないということで補正を命じられるといったようなことがあったということは、事例があったということは承知をしておりまして、それで、その被害者の名前が出なければならないんであるとすると、これ以上協力はできないということで、公訴を取り消したということがあったということは承知しております。
○仁比聡平君 つまり、ちょっと難しい法律の理屈の議論にもなりましたけれども、こうした被害者保護の改正とか運用の経過から明らかなとおり、氏名や住所というのは人を特定する最も明確な要素ではあるんですけど、それがなければ特定できないかというとそうではないと。きちんと特定をされ、かつ多くの場合、被疑者、被告人が事実を認めていて、被害者に対してそんな悪い思いを持っていないようなケースにおいては、被害者の不安や恐怖をなくすためのこうした取組というのはおおむね問題のないケースが多いだろうなとは思うんですよ。問題は、否認事件においてこの被疑者あるいは事件関係者の個人特定事項が重大争点になる場合なんじゃないかなと思います。
法案は、検察官のその勾留請求以降の段階では、逮捕のときは異議申立てができないことになっていると思いますけど、勾留請求以降の段階では弁護側が、あるいは被疑者、被告人側が秘匿決定を裁判上争えることとする。で、被害者、関係者の保護と防御権の保障の考量判断、これは裁判所にこれを委ねるという、おおむねそういう仕組みになっているんだと思うんですが、その点まず、局長、それでいいですか。
○政府参考人(松下裕子君) お尋ねのとおりでございまして、本法律案におきましては、勾留、公訴提起及び証拠開示、まあ証拠開示ないのもあるんですが、各段階の個人特定事項の秘匿措置について不服申立てにより争う機会を設けることによって被疑者、被告人の防御権を保障しておりまして、その争う手段は裁判所に申し立てて裁判所に御判断いただくということでございます。
○仁比聡平君 その制度の下で、条文が大変読みにくいのですけれど、お手元に三枚目以降、今回提案されている条文、二百七十一条の二以降が、起訴状に関わる条文ですけれども、そこを御紹介をしました。
私が特に気になっていることを申し上げますと、次のページの二百七十一条の三、どういう場合にこの被告人、弁護人に対して個人特定事項が秘匿された抄本が送られるのか、送達されるのかと。
その二百七十一条の三の三項、御覧いただいたらお分かりですが、検察官が特に必要を認めるときということなんですよね、検察官が特に必要を認めると、弁護人にも個人特定事項は秘匿された起訴状抄本が送達をされます。検察官がそうした起訴をすれば、その四項にあるように、裁判所は、遅滞なく、弁護人に対し、起訴状抄本等を送達しなければならないというふうに義務付けられています。
これに対して、弁護人が、被告人が、弁護人が争うというのが二百七十一条の五に、次のページですけど、規定されている、今日、局長は通知請求という言葉でおっしゃっている条文ですよね。
私が気になるのは、それの二項なんですよ。この二項というのは、被告人だけじゃなく弁護人にも抄本が送達されている場合、検察官が特に必要と認めて、弁護人にも教えちゃならないということで、そうした措置がとられているときに、次のいずれかに該当するとき、裁判所が、被告人、弁護人の請求により、弁護人に対し、個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して、全部、一部を通知するという決定をする。
つまり、検察官の判断で抄本が送られてきているときに、弁護人にもこうした条件抜きには開示がされない、これはそういう仕組みですね。
○政府参考人(松下裕子君) 御指摘のとおりでございまして、本法律案におきましては、裁判所は、起訴状抄本等を弁護人に送達する措置、すなわち弁護人にも秘匿するという措置がとられた場において、その措置によって被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、被告人又は弁護人の請求によって、弁護人に対し、御指摘のような、その被告人に知らせてはならないという条件を付して通知する旨の決定をしなければならないということにしております。
○仁比聡平君 つまり、裁判所が、全く知らせないと被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると、そのことを認めて開示するときも、弁護人には教えるけれども被告人には絶対に教えちゃ駄目ですよという、そういう仕組みなんですよね。
これが、その起訴状だけの話ではないというのが、次に私がとても気になるんですが、次の条文、二百七十一条の六の二項なんですけれども、これは今申し上げているような場面において、訴訟に関する書類、これは裁判の証拠として扱われる調書などが含まれると思います、それから証拠物、これを弁護人が刑訴法に基づいて閲覧し、謄写をするに当たって、当該個人特定事項が記載され若しくは記録されている部分の閲覧若しくは謄写を禁じることができる、なっていますよね。禁じることができる。被告人に知らせてはならない旨の条件を付したり、あるいは知らせる時期や方法を指定することができると、指定して開示するということもできるんだけれども、禁ずることもできると、裁判所が。
だから、弁護人にとってみると、検察官の判断によって、弁護人にも個人特定事項が伏せられた抄本が送られてきて、これを防御できないじゃないかといって争って、そうですねといって裁判所が認めるんだけれども、だけれども、その際にも閲覧さえ禁止される。コピーできない、謄写ができないというだけじゃなくて、閲覧も禁じられるという、こういう仕組みだと思うんですが、どうですか。
○政府参考人(松下裕子君) まず、先ほどの御指摘の、弁護人に最初抄本が送られて、それに対して通知請求を行って、弁護人には通知がされますと、で、被告人には教えてはならないということになるという決定が出るということは先ほど御説明したとおりなんですが、そこでとどまるものでもございませんで、弁護人には被告人に知らせてはならないとの条件付で個人特定事項が通知された場合でも、当該措置によって被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるんだというときには、被告人又は弁護人の請求によってまた改めて請求をし、そしてその裁判所において判断をした上で、当該措置に係る個人特定事項の全部又は一部を被告人に通知する旨の決定をしなければならないと、これは改正法の二百七十一条の五第一項第二号でございますが、これによって被告人が個人特定事項を把握し得るという仕組みにはなってございます。
○仁比聡平君 裁判所の判断をどう見るかということもあるんですけど、まず、古庄委員が前回聞かれたように、そうした弁護人に対する被告人に知らせてはならないなどの条件に反したときは、弁護士であれば弁護士会に適当な処置をとるべきことを請求すると、裁判所が。言わば懲戒請求を裁判所がやるというような仕組みになっていまして、この仕組みが本当に必要なんですかと、これほど最後まで被告人に個人特定事項を知らせないという仕組みをつくらなきゃいけない立法事実があるでしょうかと。
これまでも、弁護人が何でもかんでも被告人に個人特定事項を共有してきたわけではないと思います。聞きたいという被疑者、被告人がいたとしても、いや、もう知られたくないと言っているよと、私はあなたは知る必要はないと思いますよという弁護士倫理の範疇で説得をするという弁護活動をしてきた弁護士はたくさんいると思うんですよね。
本当に防御の上で大争点になって、どうしてもというときに、裁判所が、現実には、日本の場合、令状請求に対してはほとんどがそれを認める、検察官の起訴をされたら有罪率九九%とよく言われます。
○委員長(杉久武君) 申合せの時間ですので、おまとめください。
○仁比聡平君 袴田事件の問題などで申し上げてきたように、証拠開示の問題などでも大変な今、不当性のある裁判の中で、こんなやり方をする必要があるかということをちょっと今日問題提起として申し上げて、時間が来てしまいましたので、大臣に次回冒頭お尋ねしたいと思います。
ありがとうございました。