【13.11.28.】11月28日 法務委員会 民法改正案質疑で、戦後の民法改正の歴史的経過をただす。

185回国会質問 国会質問一覧

○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。

 この民法の婚外子相続分の差別規定について、九月の憲法違反の最高裁決定を受けまして、既に十一月五日に当委員会で行われました大臣の所信に対する質疑で、私、この最高裁決定の意義をどうとらえるかということで大臣の御意見、所見を伺わせていただきました。その質疑を踏まえた上で、今回、政府から民法九百条四号ただし書の差別規定を削除するというこの提案があったことは最低限の責務を果たしたものであって、言わば当然のものというふうに受け止めております。
 そこで、審議に入るまず最初に、今日も議論があっておるわけですけれども、これまで婚外子の相続分を差別してきたこの規定が戦後の早い段階から憲法との抵触が問題とされてきたのではないのかということなのです。事は今度の最高裁の憲法違反の決定というところに始まるものでは全くないということなんですね。
 先ほどもお話がありましたが、法務省がこの条項の見直しの検討を開始したのは極めて早い段階です。一九四七年、昭和二十二年に民法が改正をされ、既に一九五四年、昭和二十九年には法相から法制審に対する諮問がなされているのだろうと思います。
 その諮問と相続編の部分についてもの検討を受けて、先ほどお話のあった一九七九年に要綱案が作成されたという経過かと思うんですが、民事局長にお尋ねしたいと思いますが、そうした理解でいいのかということと、その要綱試案の中で九百条四号ただし書についてはどんな案が示されているのか、御紹介ください。

○政府参考人(深山卓也君) ただいまの御説明の中にあったように、昭和二十二年の民法の一部改正法律が成立したわけですけれども、これは日本国憲法と抵触する民法の規定を改めるということで緊急に行われた立法でございまして、改正作業の時間が非常に限られておりました。
 そのため、憲法に直接抵触しない規定についてはその当時はそのまま維持されることになりましたが、その際の衆議院において、この法律が可決された際に、本法は、可及的速やかに、将来において更に改正する必要があることを認めるといった附帯決議がされていたところでございます。
 そこで、この二十二年の民法改正が家族法の現代化、合理化にとって必ずしも十分な内容ではなかったということから、その当時から近い将来の更なる見直しが予定されていたところ、法務大臣は昭和二十九年七月に法制審議会に対して、民法に改正を加える必要があるとすればその要綱を示されたいという一般的な諮問を行って、これを受けて法制審議会の身分法に関する小委員会ができて、そこで身分法の見直しの作業が開始されたものと承知しております。
 その結果、今委員が御指摘のあった昭和五十四年七月に作成、公表された相続に関する改正要綱試案では、今回問題になっています九百条四号ただし書につきまして、嫡出でない子の相続分を嫡出である子の相続分と同等とする旨の案が示されておりました。

○仁比聡平君 そうした要綱試案を受けて翌一九八〇年には民法の改正が行われまして、その際、今日も前川議員の質疑などで取り上げられました配偶者の相続分が引き上げられ、あるいは寄与分の制度が改正をされたわけです。ところが、この婚外子相続分の差別規定については法案提出がなされなかったわけですが、これは一体なぜなんでしょうか、局長。

○政府参考人(深山卓也君) この御指摘の嫡出子と嫡出でない子の相続分を同等化することにつきましては、試案で提案した内容につきまして各方面からの反対意見が非常に強かったことから、最終的に法務大臣に答申した要綱にこの内容が盛り込まれず、したがってこの要綱に基づく五十五年の法案の内容に盛り込まれなかったと、こういうことでございます。

○仁比聡平君 なぜ盛り込まれなかったのかがよく分からないんですけれども。
 大臣にちょっとお尋ねしたいんですが、この九百条四号の規定の憲法違反性、違憲性については、これは一九四七年の民法改正当初から憲法違反だったのであるという極めて重い意見が法曹界の中では有力です。その憲法違反性というのは、今回の最高裁決定で論じられていることが、つまり一九四七年からあったということだと思うんですね。
 ところが、そうした問題意識で、言わば戦前の残り物を速やかに戦後改正をしなければならないということもあって、法相も法制審に諮問をしながら、その法制審が要綱試案で同等にせよと言ったのに法案の提出に至らなかった。それ、当時の所管大臣ではないわけですけど、大臣として今どうお考えですか。

○国務大臣(谷垣禎一君) 今、仁比委員が昭和二十二年の親族法、相続法の改正のときからこの規定は違憲であったのだというふうにおっしゃいました。それが法曹界で有力な意見であるとおっしゃった。私は必ずしも、多分そういう議論は当時からあったのかもしれませんが、その議論が極めて有力だったかどうかは私ははっきり承知しておりません。
 私どもが学んでまいりましたのは、二分の一、嫡出子、法律上の婚姻から生まれた子供の権利性をはっきり認めるとともに、非嫡出子の立場というものも配慮しなければならない、その調和規定がこれであるというような説明を、私どもはそういうことかなというふうに考えていたわけであります。
 しかし、今回こういう決定が出ましたのは、それを支えているいろんな平等に関する意識等々、あるいは更に申し上げるならば、ここは法務大臣として申し上げるより私のある意味で独断もございますが、夫婦の財産形成の在り方なんかも、昔のようなかなり家というものが強い時代と夫婦両方が勤務して仕事に就いている場合が多い場合ではかなり変わってきている、そういうようなことも意識に変化を与えているのではないかと、こんなふうに思っております。

○仁比聡平君 この相続分規定については、今も少し大臣が触れられましたけれども、家という概念だとか制度をどういうふうにとらえるのかというところと深くかかわっているのだろうと思うんですね。
 私は、日本の戦前の社会というのは、国の命令一つで国民の自由や権利が奪われる、そうした下であの戦争に突き進んでいくことになったと、そうした社会だったと思います。その中で、戸主制度あるいは家制度というものが大きな柱となっていて、これが戦争を経ての私たちの日本国憲法に照らしたときに、そうしたままでいいはずがないという形で、戦後、民法の大改正や、そして今、先ほど御紹介いただいたような経過があるのだろうと思うんですね。
 そうした中で、この婚外子差別について言うと、生まれた子の本人の意思ではいかんともし難い事情による差別であるということはもう繰り返し申し上げるまでもないと思うんです。このことが国民の基本的人権の保障という観点からしたときに、世論などで左右できるものではないということも今度の違憲決定で明らかなのだろうと思うんですね。
 当時、なぜ提出に至らなかったのか、あの八〇年のことですが、について政府の担当者との勉強のレクの中では、民事局長はそうはおっしゃいませんでしたけれども、勉強のレクの中では、今より多く反対の世論があったと、政府の調査で四七・八%が反対をしていた、これは、その当時同等化を求めたのは一五・六%だった、したがって時期尚早であると、そういうふうな判断がされたというふうに伺いましたけれども、もう局長もそういう御発言はなさりませんでした。
 こうした世論だとかあるいは世論調査、これを理由に民法の差別規定の解消を図ることを阻むような、そうした議論はもうおやめになるべきだと思うんですが、いかがですか。

○国務大臣(谷垣禎一君) 世論調査で全てを決めていくというのは、私、やっぱり違うだろうと思います。
 ただ、今、仁比委員のお話を伺っておりまして、私と仁比委員と若干、私、これは法務大臣として申し上げているというよりも、大学で法律を学び、その後弁護士としての生活も送った者の、私の時代の感覚でございますが、私が親族法を学びましたときは、一つはやっぱり法律婚というものを重視していこうと、つまり両性の合意によって成立した法律婚というものをやっぱり重視していこうというのは昭和二十二年民法改正の極めて大きな柱だったと思うんです。そのやっぱり、何というんでしょうか、考え方が嫡出子を重んずるというところにつながっていったところがあると。
 それで、世論調査などで決めるべきではないという仁比先生のお考えも、私はそのとおりだと思います。ただ、その辺りの意識は、昭和二十二年と現在ではかなり変化してきている部分があるのではないかと。やはり、そういう国民意識の平等やあるいは法律婚というものをどこまで重視するかとか、非嫡出子の権利をどこまでその平等を重んずべきかというのは、やはり国民の意識の変遷というのは私はあったのかなと、こんなふうに思います。

○仁比聡平君 世論調査の数字などで決めるべきではないという点で大臣と御意見が共にできることはうれしいことです。
 それで、大臣のおっしゃる意識、国民の意識、あるいは法意識とか感覚とかいうようなもののお話かと思うのですね。
 それで、ちょっと質問時間も今日そう十分ではないので、本当だったらば、国際社会での差別規定の解消やあるいは国際人権機関からの度重なる勧告ということについても伺いたいと思っていたんですが、ちょっとそれはまたの機会にして、戸籍法の考え方について基本的なところを伺っておきたいと思うんです。それが国民の家族観とかあるいは法感覚ということにかかわるものなのかどうなのか、この点についての政府や与党の中での議論というのはどういうものなのかというのが私によく分からないからなんです。
 それで、まず民事局長に伺いたいと思うんですが、戸籍法四十九条の二項一号、ここには、嫡出子又は嫡出でない子の別を記載しなければならないという出生届書きについての規定があるわけですが、この根拠は何なんでしょうか。

○政府参考人(深山卓也君) 御案内のとおり、民法では子が嫡出であるか否かに応じた身分関係上の区別を設けております。嫡出子と嫡出でない子の間で異なる取扱いをしている規定は、この相続分以外にも、氏の問題でありますとか法律上の父子関係などございます。
 これを受けまして、戸籍法制におきましても、嫡出子は父母の戸籍に入るのに対し、嫡出でない子は母の戸籍に入るといった取扱いの差異がございまして、民法上の区別が戸籍に反映するということになっております。
 そこで、今問題になっている四十九条二項ですか、戸籍の窓口で出生届に係る子が嫡出子であるか否かを戸籍簿等の資料から判断する、これはできるんですけれども、その際の契機とすることによって、戸籍事務処理上の便宜に資するべく、これを出生届出書の記載事項としているものでございます。

○仁比聡平君 民法上の区別がというのがよく、との意味をもう少し伺いたいと思うんですけれども、出生届において父母との続き柄を必要記載事項とするというのは、つまり、その続き柄が民法の身分関係法によって規律される法律上の効果を、これをその戸籍がどうするからということなんですか。
 その民法の身分法と、民法と戸籍法の関係についてちょっと伺いたいと思います。

○政府参考人(深山卓也君) ちょっと説明が舌足らずでございましたが、民法上、嫡出子と嫡出でない子に法律上の取扱いの差があると。それの反映として、戸籍法においても取扱いが、どこの戸籍に入るかということで大きく違います。つまり、父母の戸籍に入るか母の戸籍に入るか、そのことを戸籍の窓口では出生届があった段階で判断をしなくちゃもちろんいけません。そのときの判断の事務処理上の便宜に資するということでこの記載事項が設けられていると、こういうことでございます。

○仁比聡平君 やっぱりよく分からないですね。その取扱いというのは、法務当局のサイドの取扱いの便宜のような話なんでしょうか。
 戸籍法の本を読みますと、戸籍というのは、人が生まれて死ぬまでの間における身分関係を公に記録し、公に証明することを目的とする制度であると、そういうふうにも例えばあるわけですけれども、そういう理解でいいんですか。

○政府参考人(深山卓也君) 御指摘のとおりでございまして、戸籍は人の親族的な身分関係を登録公証することを目的とする制度でございます。

○仁比聡平君 ところが、古くは、ところがというのは違いますか、古くは、戸籍や戸籍制度になるに至る制度というのはそうではなかったようで、その戸籍制度の歴史を振り返っている本を見ますと、例えば、戸籍が、警察、軍備、財政、刑事行政目的のため、現実の居住者を戸ごとに調査し記録する目的を有し、行政的監督に服し、財産状況なども表示をしていたという、そういう時代が明治にあるわけですね、明治に至るまで。
 こうした戸籍が徴兵制とも密接に結び付けられ、各戸主は、一家を扶持する戸主を兵に取ることを不当として、戸主や推定相続人には徴兵猶予の特典もあったことから、いろんな混乱も戦前社会であったといった話もあるわけですけど。
 こうした戸主制度を前提にした家を何かその戸籍簿が表示するとか化体しているとか、そういうものではないんでしょう、局長。

○政府参考人(深山卓也君) 先ほど申し上げたとおり、戸籍の機能は身分関係の登録公証に尽きるものと思っております。

○仁比聡平君 最後に大臣、今日はこれで終わりますが、法律婚の尊重というのは違憲決定も前提にしていることであって、この法律婚の尊重ということと戸籍というのは、私はこれは関係ないと思うんですけれど、いかがですか。

○国務大臣(谷垣禎一君) 今、深山局長の御説明も、結局、結婚して、あるいは生まれて、誰が親であり誰が配偶者でありというような個人の身分関係を記録し公証するものであるとしますと、その前提となる秩序は民法によってその身分関係は定められている、それを反映するのが戸籍であるという関係だろうと私は思うんですね。そうしますと、民法はやはり法律婚を尊重しておりますから、その限りにおいては戸籍法も、そこらは私、正直言うとよく分かりません、極めて技術的なものとしてとらえることも可能ではあろうと思いますが、今ちょっと明言する自信はございません。

○仁比聡平君 今日は終わります。

 


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