○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平です。
日本国憲法は、今年、施行から七十五年を迎えました。大日本帝国憲法下、幾多の戦争によって我が国とアジア太平洋諸国民の自由と平和が侵害された歴史を振り返るとき、日本国憲法と戦後日本の歩みには計り知れない重みがあります。
ところが、岸田政権にはその認識が驚くほど欠けています。安倍元首相の国葬強行はその一つです。戦前、国葬は、大日本帝国が国民の自由と権利を圧殺し、植民地支配と侵略戦争へ突き進む中で発せられた大正十五年十月の勅令、国葬令に基づいて、戦争遂行へ国民を精神的に総動員するてことされました。だからこそ、日本国憲法の下、国葬令は失効し、国葬の法的根拠は失われたのです。それは、天皇絶対の戦争国家から主権在民、恒久平和を希求する平和日本へという我が国の歴史の根幹に関わる問題であり、それを一閣議決定で行えると考えたこと自体、驚くべき浅はかさと言うべきです。
反社会的不法行為を続けてきた統一協会と自民党の底なしの癒着はどうでしょうか。
国民の怒りと不信が沸騰する中で、岸田政権は、関係を絶つと言いながら、これまでの関係のどこが問題で、なぜ関係を絶たなければならないのか、何度聞かれても自らの言葉で語れず、政府・自民党としての責任ある調査を行おうとしません。その根本には、岸信介元首相以来半世紀を超える深い闇があります。
一九七八年四月、福田赳夫首相は本院予算委員会で、統一協会と関係を絶てと迫る我が党議員に、勝共連合というのは、自由民主党といろいろ反共という点で共通する点があるんです、そう悪いことを一般的にしておるというような認識ではございませんので、調査するということは考えませんと開き直りました。
一九八七年七月、中曽根康弘首相は本会議で、自民党は縁を切れとかなんとか言っておられますが、これは思想と行動の自由に対する重大なる侵犯発言であると私は考えていますと居直りました。
政府・自民党が統一協会と反共、改憲、ジェンダー平等への敵対で一致し、相互に利用し合い、重大な人権侵害の後ろ盾、広告塔になってきたことは重大な憲法問題です。
既に、一九九九年、日本弁護士連合会は、統一協会による人権侵害を民法上の不法行為と断じた幾つもの判決やヨーロッパの取組を踏まえ、宗教的活動に係る人権侵害についての判断基準を示していました。そこからでも四半世紀以上、全く反省のない岸田政権に憲法改定を語る資格はありません。
立憲主義を取り戻し、日本国憲法が求める人権、平和、民主主義を全うならしめることこそ国会の責任です。ウクライナ危機に乗じて日本の政治に起こっている敵基地攻撃能力保有や核共有など、大軍拡と憲法九条改悪の大合唱は重大です。それは、専守防衛を捨て、戦争をする国へ、逆に戦火を呼び込み、暮らしと自由を壊す危険な道にほかなりません。
戦争に勝者はありません。戦争は政治の敗北にほかなりません。ロシア・プーチン政権が核兵器で世界を威嚇し、ウクライナ侵略を続ける中、六月、ウィーンで開かれた核兵器禁止条約第一回締約国会議は、核兵器の非人道性を再確認し、核兵器のない世界に向けた希望あるメッセージを発して、画期的な成功を収めました。そこには、植民地体制の崩壊、百を超える主権国家の誕生という世界の構造変化の下、全ての国々が対等、平等の資格で国際政治を動かす生きた力を発揮する新しい時代が開かれつつあることが示されています。
米国と軍事同盟を結ぶドイツ、ノルウェー、ベルギー、オランダ、オーストラリアの五か国がオブザーバー参加し、例えばドイツが、ロシアによる核威嚇には核使用を禁止する規範の強化が必要だとし、心を開き誠実に対話することが必要不可欠だと述べるなど、立場の違いはあっても建設的な対話を続けていこうという姿勢は注目されました。
唯一の戦争被爆国日本には特別の役割と責任があります。戦後七十七年、被爆者がどれほど苦しめられてきたか、その非人道性を世界に訴え、核兵器禁止条約を批准し、核兵器のない世界へ先頭に立つときです。力ずくで他国の領土や民族を支配しようとする歴史の逆流を決して許さず、何としても二度の世界大戦を経て人類が到達したどんな紛争も戦争にしないという国連憲章に基づく平和の秩序を取り戻し、強化する平和外交こそ必要です。
私は、弁護士として、目の前の一人の被害者の後ろには同じように苦しむ千人の人たちがいると肝に銘じ、被害ある限り絶対に諦めないと力を合わせてきました。憲法は国民のものです。国民は改憲を求めていないのに、上から押し付けようとするところに根本的な矛盾があります。この憲法審査会を動かすことは、勢い改憲項目をすり合わせ発議への地ならしとなる重大な危険をはらんでいます。
審査会は動かすべきではないことを改めて強く申し上げ、意見表明といたします。