「仁比が一番怖かった」。のちに国会で答弁者にそう言わしめたのが、憲法9条改悪に直結する国民投票法案(改憲手続き法)を審議した参院憲法調査特別委員会での論戦です。
原点貢く姿勢
「原点は憲法」を貫く、日本共産党で唯一の弁護士出身の国会議員ならではの、数々の追及を展開しました。
例えば、改憲手続き法案で、自公が「最低投票率制度」の導入を拒否していた問題です。同制度は、あまりに少ない主権者の賛成で「憲法改正」されることを避けるため、国民投票で全有権者の一定割合の投票を必要とするものです。
仁比さんは、法案は改憲の国会発議をめぐって、参院と衆院とで態度が食い違った場合に「両院協議会」を開くことができるとしているのに、改憲案の国会発議を定めた憲法96条1項前段には、両院協議会の定めがないことを指摘。「一方では憲法に書いていないのに両院協議会を法案に取り込み、一方では憲法(96条後段)に書いていないからといって最低投票率制度の導入を拒んでいる」とその矛盾を追及。「ご都合主義だ」と一喝しました。
答弁者の自民党・保岡興治前衆院議員(当時)の手は、「ぶるぶる震えていた」(民主党議員)といいます。
仁比さんは同法の反対討論(07年5月)で国民の声を代弁し、法案の廃棄を求めました。
「今年は憲法施行60周年。憲法9条はアジアの2千万の人々、310万人の日本国民の犠牲のうえに、二度と戦争はしないという国民の深い思いが込められたものです。9条を変えて、再び『海外で戦争をする国』にすることを国民は絶対に許さないでしょう」
人間に戻れた
「原点は憲法」の情熱を象徴する場面が、当選して4ヵ月後に聞かれた参院憲法調査会(04年11月)での初討論でした。
冒頭でハンセン病問題をめぐる、らい予防法違憲訴訟の熊本地裁判決(01年5月)を紹介し、こう訴えました。
「人間回復の第一歩をしるしたこめ判決は、人間の尊厳と基本的人権の尊重を根底にすえた憲法が輝いた瞬間だった」と。
断種や堕胎など筆舌に尽くしがたい強制隔離政策を断罪した同判決を、弁護団席で間いた仁比さん。「これでおれたちは人間に戻れた」。原告たちの叫びに体を貫かれた、といいます。
どの演説会でも「憲法」の文言に触れないときはない仁比さん。「戦争できる国づく
り」「福祉を商品のように売り買いする応益負担」「お金のあるなしで命まで差別する構造改革」など、憲法を壊すたくらみに、現場の声と要求の力で反撃する決意を語っています。
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