○参考人(河津博史君) 日本弁護士連合会刑事調査室室長の河津でございます。
本日は、意見陳述の機会をいただき、感謝申し上げます。
当連合会は、刑事手続のデジタル化には賛成しておりますが、本法律案は国民のプライバシーの権利や弁護人の援助を受ける権利を軽視し、バランスを欠いた内容であることから、修正を求めてまいりました。
衆議院における修正により、電磁的記録提供命令や記録媒体の押収に当たり、デジタル社会において個人情報の保護がより重要になっていることに鑑み、できる限り被告事件又は被疑事件と関連性を有しない個人情報を取得することとならないよう特に留意しなければならないとする附則四十条の規定が追加されました。
事件と関連性を有しない情報を取得すべきでないことはもとより当然であり、あえてこのような明文規定が設けられた意義について、令状を審査する裁判官やこれを執行する捜査機関には重く受け止めていただく必要があると存じます。
個人情報の保護が重要となっている近年においても、捜査機関が犯罪事実と関連しないプライバシー情報を収集し、それを利用して供述を迫るような取調べが行われています。また、現在の実務で発付されている捜索差押許可状では、差し押さえるべき物について、本件と関係あると思料される機器並びにこれらに関連する文書及び物件など、抽象的、包括的な記載が行われており、このような令状に基づいて大量の電磁的記録媒体等の物品が、その内容の確認もされることもなく包括的に差押えが行われています。
そのような差押えの適法性が争われている国家賠償請求訴訟で、被告である国は、被疑事実そのものを解明するのみならず、その犯行に至る経緯、目的、動機、背景等を解明する必要があるから関連性を有すると主張し、さらに、関連性がないことが事後的に判明したとしても、当該差押えが刑訴法上違法になるものではないとも主張しています。あらゆる事件は国民の生活や企業の事業活動の中で起こりますから、関連性がこのようにルーズに解釈されるようでは、国民の生活や企業の事業に関するあらゆる電磁的記録が収集することができるものとなりかねません。
令和五年の司法統計年報によると、差押え、記録命令付差押え、捜索状、検証許可状の発付件数は年間二十四万七千四百九十三件であるのに対し、却下件数は百三十八件にすぎません。この数値から、これまで厳格な令状審査が行われてきたと想像することは困難です。
デジタル社会において国民のプライバシーの権利を守るためには、裁判所が特定の被疑事実と関連性の認められる電磁的記録を厳格に限定して令状を発付し、令状で許可された範囲を逸脱した執行を厳しくチェックする役割を果たすことが極めて重要です。このような裁判所の役割の重要性は、附則四十条の規定が設けられることを踏まえて、再認識されるべきであると考えます。国民のプライバシーの権利を保護するためには、電磁的記録の収集の事前規制だけでは不十分であり、事後規制を適正に機能させることが必要です。
クラウド事業者など他人から委託を受けて電磁的記録を保管する第三者から電磁的記録の提供を受けた場合、電磁的記録の保管を委託した本人の不服申立ての機会を保障するためには、本人への通知が行われることが必要です。
プライバシー情報は、違法に収集され、保有されること自体が本人の権利を侵害するものですから、有体物を押収したときに所有者に通知が行われないこととは事情が異なります。本人への通知により捜査が妨げられる場合があるのであれば例外的に通知を遅らせることができる旨の規定を設ければよく、また本人の所在が明らかでない場合には通知を要しないものとする規定を設ければよいのであり、通知制度を設けない合理的な理由は見当たりません。今申し上げたような規定は、いずれも通信傍受法には設けられています。
不服申立てにより処分が取り消された場合に電磁的記録を消去する仕組みも必要です。プライバシー情報は、違法に収集され、保有されること自体が権利を侵害するものである以上、違法な処分が取り消されたときに電磁的記録が消去されなければ、救済としての意味は乏しいものとなります。それだけでなく、捜査機関が違法に電磁的記録を収集しても消去の義務を負わないことは、事後規制としての意味を失わせ、違法な電磁的記録の収集を助長するおそれがあります。
これまでの審議で、捜査や公判に必要なものとして作成、取得された書類は、捜査中から事件終結後に至るまで、刑事手続の適正かつ円滑な遂行のためにありのまま保管、保存されるべきものであるとの説明がなされてきたと承知しております。
しかし、現行制度においても、証拠は還付されることによって事件の途中で保管、保存されなくなることがあります。留置の必要がない押収物を還付することは正当ですが、還付が不適正に行われたときに無罪証拠が隠されることが起こり得ます。村木厚子さんの事件でも、改ざんされたフロッピーディスクは、弁護人に開示される前に還付されることによって隠されていました。
証拠の不適正な管理により無罪証拠が隠されることは最近も繰り返されています。先月、令和七年四月十一日に、東京地方裁判所立川支部で無罪判決が言い渡されました。この事件では、目撃者とされた二名の証人の間でLINEのやり取りがされていました。判決は、このLINEの内容について、被告人が公訴事実記載のとおり暴行に及んだことを警察等に認めてもらうのに都合の良い話を作り出して共有したことも強く疑われると指摘しています。判決によると、このLINEのトーク履歴は、公判前整理手続中に弁護人が証拠開示を求めていたにもかかわらず、不存在を理由に開示されていなかったところ、証人尋問が行われた後にその存在が明らかになっています。このLINEトーク履歴の電磁的記録は、警察が収集し、パソコンに保管していたにもかかわらず、証拠として取り扱っていなかったことにより不存在とされていたと弁護人からは報告を受けております。
このように、証拠がありのまま保管、保存されているとは限らないのが実務の現状です。刑事手続の適正が害されることのないようにするためには、捜査機関が収集した電磁的記録は全て証拠として適正に管理されるべきであり、恣意的に消去されることのないようにする必要があります。
その一方で、違法に収集された電磁的記録については、捜査機関が保有する正当性がないのですから、裁判所の決定に基づいて消去されるようにすべきです。そうすることが現行制度の考え方と整合しないという御説明は、先ほど申し上げたような実務の実態とは合致しないものですし、既に通信傍受法には消去の規定が設けられています。
捜査機関が大量の国民のプライバシー情報を含む電磁的記録を収集することは、現行刑事訴訟法が制定された当時には想定されていなかった事態です。有体物の押収を念頭に置いた現行法に消去の規定がないということは、刑事手続をデジタル化するに際して違法に収集された電磁的記録を消去する規定を設けない理由として合理的であるとは思われません。
本法律案で創設される電磁的記録提供命令については、憲法三十八条一項が保障する自己負罪拒否特権と抵触するとの指摘があります。これに対し、法務省としては、電磁的記録提供命令は、既に存在している電磁的記録の提供を命ずるにとどまるものであって供述を強要するものではないことから、自己負罪拒否特権と抵触するものではないとお考えであると承知しております。一旦この法務省の見解を前提とするとしても、電磁的記録の提供を強制することが供述の強要を伴う場合があり、その場合には自己負罪拒否特権への抵触が生じることについて注意を喚起させていただきたいと存じます。
少し分かりにくい話になることを御容赦ください。犯罪の嫌疑を受けた国民には、自らを防御する権利があり、自己に不利益な行動を強制されるべきではありませんが、憲法三十八条一項は、その中でも、自己に不利益な供述、すなわち頭の中にある観念を表出することを強要されない権利を特に強く保護する趣旨であると理解することができます。
電磁的記録の提供は、観念の表出を伴うことなく行い得る場合もありますが、観念の表出を伴うこととなる場合もあります。例えば、命令に応じて電磁的記録の提出をすることが、自己に不利益な電磁的記録の存在を認識し、これを所持していたこと自体を外部に伝達することとなる場合です。被疑者は、自己に不利益な電磁的記録が存在し、これを所持していることについて、供述を強要されない権利を有しています。そのような被疑者にその電磁的記録の提供を強制することは、電磁的記録の存在を認識し所持していることの供述を強要する意味を持ちます。このような理解は特段新しいものではなく、法制審議会の部会の部会長を務められた酒巻教授の刑事訴訟法の教科書にも、罰則付文書提出命令が供述の強要になり得ることが記述されています。
また、提出を命じられた電磁的記録にアクセスし、又は暗号化された電磁的記録を復号化するために、記憶しているパスワードの入力を強制することも供述の強要となり得ます。記憶しているパスワードの入力は、観念の表出にほかならないからです。法務省の見解は、既に存在する電磁的記録の提供を強制することは、それが供述証拠の性質を有するものであったとしても自己負罪拒否特権に抵触しないというものと理解しておりますが、これは、命令によって捜査機関が供述証拠を取得することに着目するのではなく、命令によって観念の表出を強制することとなるかどうかに着目するものです。そうであるならば、記憶しているパスワードという観念の表出を強制することは、そのパスワード自体を捜査機関が取得するかどうかにかかわらず、供述の強要に当たると理解しなければ一貫性を欠くように思われます。
このように、電磁的記録の提供を強制することが供述の強要を伴うことになる場合も具体的に想定されます。このような場合において、電磁的記録の提供を命じられた者が自己に不利益な供述を強要されない権利を行使し、その結果、電磁的記録が提供されないときは、罰則規定の正当な理由がなくの要件を欠くものとして処罰されないことが確認されるべきです。
自己に不利益な供述を強要されない国民の権利が電磁的記録の提供が命じられる場面でなし崩し的に侵害されることはあってはなりません。当連合会は、電磁的記録の提供を命じるに当たり、この命令は供述を義務付けるものでない旨を教示しなければならないものとすることを求めております。
最後に、いわゆるオンライン接見と電子データの授受について意見を申し上げます。
国民は様々な立場で刑事手続に関与しますが、手続の公正さに最も深刻な利害関係を持つのは、被疑者、被告人の立場に置かれた場合です。そして、被疑者、被告人の立場に置かれた国民が自らを防御するためには、弁護人の援助を受ける権利が重要となります。
本法律案が、書類の電子データ化、発受のオンライン化やビデオリンク方式による捜査、公判手続等を掲げながら、身柄を拘束された被疑者、被告人が弁護人との間でビデオリンク方式による接見をすることも、電子データ化された書類を授受し閲覧することもできるものとしていないのは、不公正であると言わざるを得ません。被告人は刑事訴訟の主体であり、刑事訴訟法上、検察官請求証拠に同意する権限を有しているのも被告人本人です。その本人が電子データで作成された証拠を授受し閲覧することができないというのは正常ではありません。
接見及び書類の授受については、現行法上も法令で逃亡や罪証隠滅を防ぐため必要な措置を規定することができるとされていますから、これらの手続をデジタル化する場合においても必要な規定を設けることは可能です。仮に全国一律実施が困難であるとしても、施行日を相当程度先に設定し、それまでに段階的に設備の整備を進めることが考えられます。
国民の権利を保護し、捜査を適正化する法整備は、これまで将来の課題として先送りが繰り返されてきました。しかし、本来、本日提起させていただいた課題は国民の憲法上の権利に関わるものですので、少なくとも解決に向けた具体的な道筋を示していただくことをお願いして、私の意見陳述を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
○委員長(若松謙維君) ありがとうございました。
次に、渕野参考人にお願いいたします。渕野参考人。
○参考人(渕野貴生君) 立命館大学で刑事訴訟法を担当しております渕野でございます。
本日は、貴重な機会をいただきまして、感謝をいたします。
時間に限りがございますので、配付をいたしました資料に基づきまして、電磁的記録提供命令及びビデオリンク方式による証人尋問の拡大の二点を中心に、被疑者、被告人の適正手続保障の観点から法案には大きな問題があるということについて意見を述べさせていただきます。
電磁的記録提供命令に関し、法案の第一の疑問点は、令状主義が要求する差押対象物の特定に当たる提供対象情報の特定が厳格に行われるのかという点です。
有体物であれば一応物単位で特定することができるのに対して、情報は形あるものではないので、情報の切れ目をどこで区切るかが融通無碍になりやすく、その結果、令状が一般令状化し、包括的で無限定な差押えになりやすいという危険があります。
この点、法務省の説明では、例えばメールの場合、対象者を特定した上で期間を限定することで提供対象情報の特定を図ることが想定されているようです。
しかし、例えば我々は現在日常的に一日に数十件のメールのやり取りをしています。それぞれのメールは相手方も違えば用件も異なります。仮に被疑者がメールで犯罪に関する連絡をしていたとしても、該当期間の全てのメールが犯罪関連通信とは限りません。むしろ、犯罪とは全く無関係な私的なコミュニケーションと犯罪関連通信とが混在していると考えるのが自然です。
ところが、期間で区切るという方法では、犯罪関連通信と純粋に私的な通信との区別が付きませんので、結局、純粋に私的な通信も含めて地引き網的な押収にならざるを得ないように思われます。しかも、捜査機関が主体となって差し押さえる場合には、捜査機関はそれまでに収集した捜査情報に照らして被疑事実との関連性を判断し、被疑事実に関連しないデータは除外することができるというフィクションが辛うじて成り立つかもしれませんが、提供命令を受ける保管者などは、捜査機関とは異なり、被疑事実との関連性の有無を判断するための背景情報を持っておりませんので、犯罪関連通信と純粋に私的な通信とを区別することは原理的にも不可能と思われます。
したがって、提供命令は、提供命令では憲法三十五条が定める差押物の特定の要求を満たすことは本来的にできないのではないかとの疑問を拭えません。
法案審議の過程で、法務省からは、電磁的記録提供命令の場合には、有体物に対する差押えとは異なり、その他本件に関連する一切の物件といういわゆる概括的記載は行わない旨の説明がされているということで、提供対象情報を特定するために一定の配慮は考えられているようです。
しかし、概括的記載を行わないというだけでは、さきに指摘をしました情報の無限定性と私人が被疑事実関連情報を選別することの困難性という本命令の性質上の問題点は何ら解決されないように思われます。
電磁的記録提供命令の第二の問題点は、被疑者に対して自己に不利益な情報の提供を命じ、命令違反に対して罰則を科すことが自己負罪拒否特権の侵害にならないかという点です。
この点、自己負罪拒否特権の侵害には当たらない理由として、自己負罪拒否特権は不利益な内容の供述を新たに表出することを強要するのを禁ずるものであって、命令の前に既に存在している供述の提供を強要したとしても、それは不利益な内容が記載されている被疑者の日記を差し押さえるのと同じだと、したがって憲法三十八条一項の問題を生じさせるものではない旨の説明が行われています。
しかし、この説明は自己負罪拒否特権の本質を捉え損ねているのではないかとの疑問があります。自己負罪拒否特権が憲法上の適正手続権として保障されなければならない根源的な理由は、それが自己防衛本能ともいうべき、人間のというよりも生物の本質に根差したものだからです。
刑事手続において自己の犯罪を語るという行為は、自らの死や拘禁という自己に対する重大な不利益への直結を意味します。自分の自由や生命に重大な不利益が及ぶような行為を自らが行うことを生物が本能的に回避するのはごく自然なことです。
確かに、犯罪を行った者が処罰されたり、あるいは不利益な証拠を他人が確保したりすることは、これは仕方がないことです。しかし、問題にしているのはそのことではなくて、自ら進んで死ね、自ら進んで自分の自由を束縛しろと迫ることです。自己を破壊するような行動を迫ることは人間の尊厳を踏みにじることになると思われます。
以上のような自己負罪拒否特権に対する本質的な理解を踏まえるのであれば、特権侵害のポイントは自己に提出させるという点にこそあることが分かります。つまり、提供命令について日記を差し押さえる行為と同等であると説明することはミスリーディングであって、正しくは日記を自ら提出させる行為と比較をしなければならないはずです。そして、罰則を付けることによって提出が法的に義務付けられ、強制させられるわけですから、法案は明らかに自己負罪拒否特権侵害に当たると考えます。
次に、ビデオリンク方式による証人尋問について、まず根源的な問題点として、ビデオリンク証言等は証人審問権を侵害するおそれが強いということを確認しておきたいと思います。
証人は被告人と物理的に対面せずに済むことによって真摯な証言を期待しにくくなりますし、被告人、弁護人も、裁判所も証人の態度を観察して心証形成や反対尋問の手掛かりにすることができにくくなります。別空間で尋問を受けるということは、それだけで緊張感が薄れた状態で証言するということを許すことであり、証人にごまかしや言い逃れをする余裕を与えてしまいます。反対尋問の効果を著しくそぐおそれが強いビデオリンク証言は、証人審問権の侵害に直結しかねません。
この点、法制審議会の委員、幹事及び法務省からは、弁護人が証人を見ながら尋問できるから証人審問権の侵害に当たらない旨の説明が繰り返されています。
しかし、先ほど述べたとおり、証人審問権の本質はその点だけにあるのではありません。証人が被告人の目を見て証言をするという対面権保障の点がこれまでの議論ではすっぽりと抜け落ちているのではないかとの疑問が生じざるを得ないのです。
第二に、ビデオリンク証人尋問に関して、法案が掲げている要件にも極めて大きな問題があります。
まず、法案では、国外に所在する証人に対するビデオリンク方式による証人尋問は認められていません。これは、法制審議会等において、国外で偽証されると、偽証罪で起訴しても公判への出頭を確保できないし、偽証罪の犯罪事実を立証するための証拠も収集できないので、偽証罪による威嚇効果が働かず、事実認定を誤らせるおそれが強いとして導入に反対する意見が出されたためです。
ところが、法案は、一方で、被告人以外の者の供述を録取した電磁的記録等の証拠能力について提案をしております。そこでは、刑事訴訟法三百二十一条一項二号の検察官の面前について、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話することのできる方法による場合を含むと規定されています。この提案は、要するに、検察官がオンライン取調べで作成した二号書面にも伝聞例外を認めるという内容です。また、同三号でも電磁的記録が含まれることが提案されており、警察官がオンライン取調べで作成した三号書面にも伝聞例外を認める内容のように読めます。
そして、重要であるのは、このオンライン取調べは、国内に所在する対象者に限定されないということです。つまり、法案では、国外所在証人については幅広く捜査機関によるオンライン取調べを行って供述調書を作成する一方、ビデオリンク方式証言については国内にいないという理由で拒絶をした上で、オンラインで作成した供述調書を供述不能による伝聞例外として提出することが予定されているのです。この点は既に法制審議会において弁護士委員が、外国に所在するオンライン取調べをして作成した供述調書も偽証罪の威嚇効果は働かないし、信用性を評価する材料も収集できないから採用することに疑義が生じるはずだというふうに指摘をしていましたけれども、この指摘は完全に黙殺された格好になっています。
さらに、刑事施設や少年院に収容されている証人のビデオリンク方式による証言は認めるべきではないと言えます。いろいろな限定要件が掛けられておりますけれども、被疑者の場合に法律が、法案が定める限定要件が厳格に守られることは期待できないと言わざるを得ません。
しかも、被収容者は共犯者的立場の証人であることも少なくなく、一層対面での十分な反対尋問の機会を保障する必要性が高いにもかかわらず、法案ではその点に対する配慮も行われていません。逆に言えば、本要件は、共犯者的立場の証人の証言を切り崩されることを妨害する目的で検察官が悪用する危険を否定することができず、極めて問題が大きいと言わざるを得ません。
最後に、今回の法案全体を通じた問題点を指摘したいと思います。
本日私が指摘した問題点は、確かに今回の法案で初めて出現した問題ではありません。ビデオリンク方式の証人尋問は現在でも一定の要件の下で認められていますし、差押え情報の特定性が弛緩するという問題も、現行法の刑訴法九十九条の二による記録命令付差押えにも同様に存在していたと言えます。そして、電磁的記録提供命令については、法案審議の中で再三、令状を発付する裁判官が特定性について厳格に審査するので、被疑事実に関連しない情報が無限定的に収集されることにはならないと説明されています。
しかし、私が最も問いたいのは、今回新たにビデオリンク方式での証人尋問の拡充や電磁的記録提供命令の新設を提案するに当たり、従来指摘されてきた理論的問題や令状実務の問題点についてきちんと検証した上で法案が提出されるに至ったのだろうかという点です。
この点に関して、今回の法案では通信傍受の対象犯罪の拡大も提案されています。しかしながら、毎年国会に報告されている通信傍受の実施状況から算出をしていただければ分かるとおり、二〇〇二年以来、傍受令状が発付された事件において傍受された通話のうち無関係通話の比率は約八五%に達し、回数でいえば十九万回以上に及んでいます。逆に言えば、傍受令状に基づいて傍受された通信のうち犯罪関連通信は一五%にすぎません。
これで果たして厳格な令状審査が行われていると言えるのか。少なくとも厳密な検証が必要なはずですけれども、今回の立法提案に際し、理論的問題点に際しても、令状実務の問題点についても、そのようなプロセスを経たとは言い難いように思います。
法案全体に対する姿勢についてこのような根本的な疑問があることを指摘して、私の意見とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
まず、電磁的記録提供命令の令状における特定の問題について三人の参考人の皆さんにお尋ねしたいと思うんですけれども、これ本会議以来申し上げているように、有体物であれば特定の空間があって、そこの中に存在するものと。ですから、捜索場所と対象物で特定がされると。例えば、この法務委員会を開いている二十三委員会室という場所が捜索場所になれば、この議場にある紙だとかパソコンだとかというものがその対象物になるわけですね。事件との関連性というのは問題になるけれども、少なくともこの場所の中にあるという、そういう意味では特定される、限界があるということなんですが、電磁的記録はそうではないと。ネット上の空間あるいはサーバーに際限なくあるわけで、こういう強制処分に、憲法三十五条がいう捜索場所の特定ってこれできるのかと、これ、できっこないんじゃないかと。だから、際限がなくなるんじゃないかと私なんかは思うんですけれども、そういう意味で、渕野参考人が特定は元々不可能ではないかとおっしゃる指摘に大変共感するところなんですけれども、この捜索場所の特定あるいは対象物の特定という憲法上の要請がこの改正案でどういうふうに考えるべきなのか、渕野参考人にまず御意見いただけますか。
○参考人(渕野貴生君) 私の意見を述べたところでも述べたことの繰り返しですけれども、私は、本来的に憲法三十五条の要求を満たす特定性を、この電磁的記録、いわゆるデータについて、その特定性の要求を満たすことは不可能だというふうに率直に考えます。
○仁比聡平君 成瀬参考人に、そこでお尋ねしたいのは、この指摘にどう答えるのかということと、それから、これまでの質疑の中で、田島理事からの質問の場面でしたけれども、つまり、被疑者がその犯行を犯したと言われる場所にどのようにして来たのかと、犯行に至る経緯などの関係でICカードの履歴を取得するというような場合が例えばあるという例でいうと、被疑事実との関連性がそのような形で、つまり、このICカードの履歴を取得する必要があるというところまで特定して令状請求がなされなきゃいけないと、そういう場合に限定されるという話なのか。あるいは、限定をされるかどうかはおいておいて、そういう場合を想定している規定だということなのか。
法務省は、より特定される、有体物の差押えに対比してより特定されなきゃいけないというふうに答弁しているんですけれども、そこは成瀬参考人はどうお考えですか。
○参考人(成瀬剛君) まず、先生、憲法三十五条の捜索する場所が特定できるのかという御指摘があったかと思いますけれども、電磁的記録提供命令の場合には、捜索を行うことは想定しておりませんで、むしろ押収するものが押収するデータとして特定できているのかという部分が問題になろうかと存じます。
その上で、どのような審査をするかというところなんですが、先ほども渕野参考人から御指摘があったように、警察の方で疎明資料を相当具体的に出していただき、その上で裁判官がその被疑事実と関連するデータを、データが作成された時期とか、あるいはファイルの形式等の限定を掛けることによって、この押収すべきもの、押収すべきデータの特定性を満たすことは可能であるというふうに考えております。
それから、先ほどの議論の中で、そのICカードの履歴という一例を出しましたけれども、あれはあくまでも一例でございまして、様々な事案に応じてどのような電磁的記録が必要になるかということは当該事案の証拠を見てみないと分からないところがございますので、あの事例があるからあの事例と同じような場合しか許されないとは言えませんで、今回の電磁的記録提供命令というのは様々なデータが対象になり得るわけですけれども、それはあくまでも当該事件の被疑事実に関連するデータでないといけないという限定が掛かっていると、このように理解していただいて、あとは当該事案の証拠関係に応じて本当に必要なのかということを裁判官が審査すると、こう考えております。
○仁比聡平君 河津参考人、今のようなお話といいますか考え方では、これまでの捜査実務による人権侵害ということを考えたときに到底限定されるとは思えないと。条文そのものは限定は何らしていないわけで、これではこれまでと同じような権利侵害が起こるのではないかということだと思うんですが、そういうことでしょうか。
○参考人(河津博史君) この電磁的記録提供命令によって犯罪事実とは関連しない国民のプライバシー情報が取得される、それによって人権侵害が生じるということについては重要な懸念を、重大な懸念を抱いております。
一方で、この電磁的記録の特定性ということに関して申し上げると、例えば、ピンポイントで特定のメールデータということに特定して提供を命じることも不可能ではないのだろうと思います。これが、その特定性が失われていってどんどん抽象的な記載になっていったときに、電磁的記録提供命令を受けた者としてはどこまで提供すれば義務を履行したのかが分からなくなってくる。そうなってくると、そのような状況で義務違反を理由として処罰することが適切なのかどうかということは大きな問題になるだろうと考えております。
○仁比聡平君 もう一点、秘密保持命令に関して渕野先生にお尋ねしたいと思うんですけれども、つまり、情報主体にとって知らない間に収集されて、にもかかわらず、そのサーバーを信頼して使い続けるということが当然起こりますよね。一年たってその保有命令が解けて、分かったときには、実はその間に丸裸にされていたと。
このネットとかオンラインに対する信頼なんかはもう大きく変わってしまうんじゃないかというような事態があるかなと思うんですけれども、渕野参考人にお尋ねしたいと思うのは、そういう意味で、情報主体が知るという機会あるいは不服申立てを行うという機会を奪うということは、デュープロセス保障に対する極めて重大な侵害なのではないかと思いますが、どうでしょうか。
○参考人(渕野貴生君) 委員御指摘のとおりかと思います。
私も、秘密保持命令が一年という、最長で一年という期限付であったとしても、その一年間の間については不服申立てをする機会が事実上奪われるわけです。法制審の中での議論等では偶然知る場合もあるだろうというようなお答えもされていたようですが、偶然知ることができた場合にだけ不服申立てができるというのは、これは権利とは到底呼べないと思います。
そして、その中で、先ほどのお答えとちょっと関連をしますけれども、必ずしも厳格に被疑事実に関連する情報だけではなくて、情報というのはいろんな内容を持っていますので、グレーゾーンの情報、それから真っ白の情報、それと被疑事実に、もうそのものずばりの情報というものが混在している中で、それがきちんと仕分けられないままに、かなり大枠のところで情報収集されてしまうと。
これは本来は侵害されるべきではなかったプライバシー侵害なわけですけれども、これについて即時に不服申立てができないというのは、その権利侵害状態を言わば放置しておくということになるので、私も重大な権利侵害に当たるというふうに考えます。
○仁比聡平君 その点で成瀬参考人にお尋ねですが、先ほど、さっきの質疑の中で、より初期の段階とか、あるいは密行性がより高い場合ということなのかなと私受け止めたんですけれども、つまり、今、渕野参考人がおっしゃったとおり、本来、帰属の情報の主体である被疑者などの知る、あるいは不服申立ての機会というのはこれ極めて重いもので、これを奪ってでも密行して捜査をする必要があると、そういう場合を裁判所が定めるんだと、そういう趣旨なんですか。
○参考人(成瀬剛君) 秘密保持命令というのは、その被処分者が命令を受けたことなどを情報主体に伝えることを通じて、その情報主体が罪証隠滅行為に及ぶおそれがあるということを裁判官が事前に審査して、そのおそれがあるというふうに判断した場合に発令するものでございます。
ですので、その情報主体に伝えることが罪証隠滅行為に及ぶおそれにつながるんだというふうに判断される事例が秘密保持命令の対象になるというふうに考えております。
○仁比聡平君 よく分からないですね、やっぱり。
もう一点。河津参考人が冒頭の意見陳述の中で述べていただいた捜査資料の問題ですね。
つまり、証拠品ではないというふうに捜査機関が扱ったことによって、村木さんの事件で、改ざんフロッピーは隠す、還付だといって隠されたし、それからLINEの履歴が不存在だ、証拠として扱っていなかったからだといって隠されたというような、こうした捜査の実態があるじゃないか、実務の実態があるじゃないかというこの点について成瀬参考人にお尋ねしたいんですが、法制審で検証されたのかという点について、先ほどの議論で詳細については存じ上げないというお話もあったので、つまり、法制審で、そうした捜査実態、あるいは捜査機関の収集した資料の管理の在り方については法制審では検討されていないということでしょうか。
○参考人(成瀬剛君) お答え申し上げます。
法制審議会の刑事法部会におきましても、今委員が御指摘のような、警察による証拠の管理の在り方、今回、電磁的記録提供命令によって新たに取得される電磁的記録の管理の在り方については議論がなされているところでございます。
その点に関しましては、新たな立法をすべきではないかというふうな意見もたしかあったような記憶がございますけれども、ただ、その場合には現行刑訴法全体を見直す大きな作業になるので、差し当たりは今ある警察内部の規則等を活用する形でやっていくというふうな形で議論はまとまっているというふうに認識しております。
○仁比聡平君 返すようで申し訳ないけど、まとまったのかというと、そうじゃないんじゃないのかと思うんですよね。
日弁連の委員が指摘をしているけれども、先ほど詳細については存じ上げないというふうにおっしゃったように、警察ないし、あるいは実情をきちんとテーブルにのせて是非を評価したり議論したりとかしたのかというと、そうではない。そういう意味でも検証はされていないのではないかと思いますし、渕野参考人が冒頭の意見陳述で指摘をされた、記録命令付差押えやあるいは令状裁判官の特定の審査というようなことについて検証した上で法案の提案に至ったのかというと、そういう指摘はあったけれども検証はしていないという形になっていると思うんですね。
まとまったというわけではなくて、それは検証しなかったということなんじゃないかと思うんですが、成瀬参考人、いかがですか。
○参考人(成瀬剛君) 委員御指摘のとおり、最終的にも部会においては、弁護士の委員の方が反対意見を述べられて、多数決で審議が終えられたということは事実でございます。
ただ、法制審部会というのは法制の在り方について議論する場でございますので、委員御指摘のような事例があることを念頭に置きつつも、その法制の在り方あるいは内部規範の在り方としてどのような議論、形があるべきかという形で議論を行い、最終的に多数決で結論が出されたというふうに認識をしているところです。
○仁比聡平君 最後に、河津参考人に一問だけ聞きたいので。
オンライン勾留質問ということを考えたときに、例えば、留置場から裁判所に体がちゃんと移動して外の空気を吸って、留置管理官だとか警察官だとか、まして検察官だとかとは違う、裁判所の職員と裁判官によって質問を受ける、これはとても大事だと思うんですけれども、このオンラインで留置場も勾留質問の場所であり得るみたいなことは、ちょっとこれは問題なのではないかと思いますが、いかがですか。
○委員長(若松謙維君) 時間になりましたので、簡潔にお願いいたします。
○参考人(河津博史君) はい。
私も同様の問題意識を有しております。国際人権法上も、被留置者が裁判官の面前に連れていかれることは権利として保障されているべきですので、その意味で、オンライン勾留質問は、仮に本法律案が成立するとしても、極めて例外的に運用されるべきだと私は考えております。
○仁比聡平君 ありがとうございました。