○団長(佐々木さやか君) ありがとうございました。
次に、児玉公述人にお願いいたします。児玉公述人。
○公述人(児玉哲義君) 日伯交流協会副会長の児玉でございます。本日、公述人としてこの場に参加させていただいたことに感謝します。
私の国籍はブラジルで、日本から移民したお父さん、お母さんからブラジルで生まれた日系二世になります。国籍はブラジルです。
日系人の立場として、技能実習生の制度について、ほとんど関わりないお話ですので余り意見はできませんが、ただ、働く人たちの生活が良くなる制度でしたら賛成です。反対する要素も私自身は見えませんでした。
ただ、日系人の場合は、定住者、日本人の配偶者と、そして永住者、この三つのビザで日本に暮らしています。本日、私がここに来たのは、在日ブラジル人コミュニティーの現状について話するために来ました。ただ、在日ブラジル人コミュニティーの話するに当たり、ブラジル移民歴史に触れる必要があります。
一九〇八年に笠戸丸から七百八十一名が初めてブラジルに行ったことで移民の歴史が始まりました。苦労話は皆様御存じだと思いますけれども、細かく話しませんが、実は大変な、想像しないような大変な苦労をなさって、それでも諦めず、あのブラジルという地で、日本人の魂、誇りを持って誠実に努力、忍耐しながらブラジルの土地で一生懸命働きました。それで、その努力が今のブラジル社会に大きな貢献したことは、ブラジル国民たちも認めております。
私は二世の立場で、親ほど苦労はしていません。その理由は、親が、一世たちが苦労した同じ苦労を子供にさせたくないということで、子供は勉強する、勉強を優先させた。そのため、今、ブラジル社会では日系人が様々な地位に立って、リーダー的な存在の方もいっぱいおります。
八〇年代から日本の経済成長が目立つようになって、逆にブラジルの経済が落ち込んでおりました。そこで、日本で夢をかなうという気持ちで、一九九〇年、出入国の法律の改正によって、日系人たちが長期期間で、しかも自由な行動ができるビザを得ることができました。学ぶ場所を探すにしても、職種を選ぶにしても、自由なビザです。それは日系人として日本に感謝する点でございます。
三十三年前から始まった在日ブラジル人コミュニティーなんですけれども、三十年以上たった今、十年ごとで区切って説明しますと、最初の頃は、若い独身、独身、あるいは結婚していても単身で、働いて稼いだお金をほとんどブラジルに残っている家族に送る生活でした。とても悲壮な生活をしていました。
十年たつと、今度は少し余裕ができて家族呼ぶようになり、そこから、三世、最初は二世だけだったんですけど、その後三世も来るようになり、又は非日系人の配偶者も入るようになりました。
更に十年たつと、リーマン・ショックとか東日本の大震災を経験したりして、二〇〇六年辺りに、最も日本でブラジル人人口が多かった時期に犯罪問題も起こるようになりました。しかし、リーマン・ショックと大震災の後に急激にブラジル人人口が減り、その中で日本に残ると決意した家族は子供たちの教育を真剣に考えるようになりました。それで、子供たちの教育をサポートするためには親自身も日本語を学ぶ必要もあったので、そこで日本政府が主催した日本語教室に通うようになり、あのときに比べるとブラジル人たちの日本語能力はアップした気がします。
そして、今は、三十年前の労働環境を見ると、ほとんど変わらない点もあります。いまだに正社員ではなく、派遣社員として工場で働いているため、完全、安定な制度で働いているわけではありませんけれども、それでも日本で頑張る決意したので、まず子供たちを高校、大学まで行かせたい、あと日本で家を買いたい、そういうふうに思うようになって、それが今は既に大学卒業した子がたくさんいます。その子たちは日本人と全く同じような活動をしていて、逆にブラジルコミュニティーから少し離れているところもあります。
私自身は、子供のときから日本、親から日本の話を聞いていたため、いつか日本に来たい気持ちがすごく大きかった。しかし、今、日本に、子供のときから日本語を勉強していたので、日本に来てそれほど苦労はしていませんが、それでも国籍の壁はありました。だけど、私自身は国籍はブラジルですけれども、私自身は日本人として親に育ててもらったので、ブラジルにいても、日本にいても、自分は日本人という意識があります。
そこで、自分は日本語できてもほかのブラジル人たちが余り日本語できなかったため、学校の先生たちが私に通訳頼むようになって、それから、ブラジル人口が急に増えたため、学校が急にたくさんの日本語できない子供のサポートをできないので、私ボランティアとしてそういった学校に顔出して子供たちのサポートする活動をしていました。
その後、どうしても付いていけない子もいて、特に中学生になると全く勉強に付いていけず孤立してしまうので、学校行くのをやめて、家にいても面白くないし、同じ状況にいる仲間と町に行って遊んだりするグループができました。そこで少年犯罪が増えるようになったニュース見たり、あるいは警察から通訳を頼まれたりしてその子たちと触れるようになって、本人たちが完全に悪いのではなく、環境によってこういうふうになったので、この子たちが犯罪を起こす前に何とかしようと思って、私と大学の先生が、中学の先生数名と夜回りグループを立ち上げて、二〇〇六年に、最も人口が多かったときに少年犯罪も目立つようになっていたから、そこから毎週土曜日、夜の繁華街を回って、そういった子たちに指導していました。その活動が五年続きました。
しかし、リーマン・ショック後に人口が減った影響で、町に出る子もほとんどいなくなったのでそのグループ解散しましたけれども、あのとき本人たちの話聞いている中で、ほとんどが家庭に問題があったり、家庭と学校に問題がありました。親は働きづめで子供の面倒を見ない、千円札を毎日置いてそれで食事させる生活していた子たちですので、荒れるはもちろんありました。そういった子たちをずっとサポートしてきました。
今のブラジル人コミュニティーの問題というと、三十年たった今、若く来た人たちも高齢になって、高齢問題に取りかかっている年代に来ました。そこで、コミュニティー全体として今後の高齢ブラジル人をどうするかを真剣に考えていく必要ありますけれども、民間では難しい点もありますので、そこを政府からも目を付けてほしいと思います。
日伯交流協会を立ち上げた理由も、私がずっと活動した中で、日本に暮らす以上、日本社会に溶け込む必要がある、日本人と仲よくする必要があると思い、この団体を立ち上げ、少しずつでもブラジル人たちが日本人と仲よくし、日本社会で溶け込んで日本人と同じような活動できる未来を見ながら活動しています。
ブラジル・コミュニティーの場合は、ブラジルと日本は深い関係がありまして、それがはっきり分かるのは、日本、ブラジル大使館のほかに総領事館が三つあります。東京、名古屋と、私が所属している浜松、それぞれ総領事館に所属するブラジル人市民評議会がありまして、私もその一人の評議員です。コミュニティーと政府のつながる活動しております。総領事館ではなかなか見えない部分がありますので、そこ、私たちの出番ですね。
最近、日本社会になじんでいる家族多い一方、ブラジル人同士での家庭内暴力のケースも増えるようになりました。以前もあったと思いますけれども、しかし、言葉も十分にできない中、警察に相談行っても、警察は一応話聞くんですけれども、余り真剣に取り扱ってくれないため、諦めてそのままになってしまう。そこで、みんな市民評議会の存在を知ってからうちに相談するようになりました。そこで、私たちが警察の間入ったり支援団体の間入ったり、サポートしています。
最近、多くの人たちがDVに、DVの被害をサポートする制度は日本にもありますので、それをみんなに分かるためにこのマニュアルを作りました。これをコミュニティーの中で配っています。以前は子供のいじめについてのマニュアルも作ったことがあります。
そういった中で、今回の出入国に関する法律改正では、反対するなら一点だけ、永住権を取り消す制度について。その理由は、私自身が若者たちとずっと関わった中で、小さな犯罪を起こしてしまうのは普通です。どんな国、日本人の子供もそうです。そこで一発で永住権を取り消されたら、普通のビザ取るのも難しくなる可能性もあります。そうしたら、一人で、全く知らない、国籍ブラジルでも全く知らない国、一人帰ってしまって、その子の将来どうなるか心配で、完全に反対ではありません……
○団長(佐々木さやか君) 児玉公述人、恐縮ですが、お時間になりましたので、御意見をおまとめいただきますようにお願いします。
○公述人(児玉哲義君) はい、分かりました。
じゃ、法律、取れるなら重い罪の場合は取り消してもいいんですけれども、そうじゃない場合はその子たちの将来を考えて決めてほしいと思います。
以上です。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
公述人の皆さん、本当にありがとうございます。
まず、建設の分野について北川公述人にお尋ねしたいと思うんですけれども、冒頭のお話にあったとおり、担い手確保が非常に厳しいというこうした建設分野全体の状況の下で、私は、外国人労働者が既に現場において欠くことのできない存在になっているということを痛感しています。
実は、町場の現場などをよくこう通ったりとかしても、外国人の建設労働者が働いていない職場という、現場というのはおよそなくなってきているというふうに思うんですよね。だからこそ、連合会としてもどう受け入れていくのかという努力をされていると思うんですけど。
ちょっと生々しいお話なんですが、だからこそ、イニシャルコストとか初期投資と言われているお金、それから母国との関係でのいろんなやり取りってこれ大変だと思います、その面接とか手続とか。そういう御苦労を全体取ってやっぱりイニシャルコストとか初期投資とかと言うんだと思うんですけど、そこがどれだけのものがあるのか。
加えて、この人材獲得競争に劣後しつつあると財界団体が言うような状況の下で、今後、この育成就労になっていくという下で、このイニシャルコストがこれまでと変わらないと思われるか、それとも変化する、もっとコストが高くなるとかあるいは安くなるとか、何かそうした点についてのお考えがあればお聞かせいただきたいと思うんですが、いかがでしょう。
○公述人(北川雅弘君) 今の先生の問いに対してなんですが、法制度としたら名前は変わり、変わって制度も変わりますが、仕組みとして、送り出し機関があって受け入れているとしたとするならば変わらないのだと、若しくは、この物価が上昇するにおいて送り出し機関の経費も上がっていけば、我々受入れに払う費用も上がっていくのかなと思います。
○仁比聡平君 実際にどういう項目でどれぐらいの費用を負担しなきゃいけないかと、一人受け入れるのにと。差し支えない範囲でちょっとお話しいただければと思うんですが。
○公述人(北川雅弘君) 私のところの組合ですと、毎月の監理費等、まだ実習生ですので、実習生に対するケア、監査するための必要経費ですね。金額に関しては各社いろいろと、一万円のところもあれば四万円ぐらいのところもあるというぐらいのお伝えに差し控えさせてもらいますが、それぐらいの経費で、例えば十人いれば、四万円なら四十万円、一万円なら十万円。で、一万円でどれだけの監理ができるのかというと、私は少し疑問かなというのを先ほどお伝えしただけで、適正な部分は掛かると。払わなければ、いい人材は確保できないし、いい人材を監理してもらえないのかなと思っております。
○仁比聡平君 ありがとうございました。
先ほど来の質疑を伺っていて、そうしたお金以外の部分があると、転籍ということになったときにですね。
ちょっとぶっちゃけて言うと、引き抜きみたいなもの。そうして御苦労されて受け入れて、日本社会で働き始めて、育てていくというのは、これはとてもデリケートな話なわけですよね。その時間を最初受け入れた企業が担って、で、育ったと、こいつは使えるとなったら、どこかに引き抜いていくと。それは身勝手な話だろうというような問題が何か指摘されているように思ったんですが、そういう理解でいいですか。
○公述人(北川雅弘君) それに関しては、可能性があると。今現在、それは外国人に限らず、優秀な社員に関してはそういう引き抜きとか、そういう交渉があると私も認識していますし、CMでよくあるビズリーチさんですか、固有名詞あれですけど、まさしくそのとおりで、いい人材を集めて売ると、そういうようなものがありますので、もしかしたら外国人でもそのようなブローカー的な人が出てくるのかもしれないなということを先ほど危惧して話をしました。
○仁比聡平君 先ほど、人材紹介業のようなことになってはいけないという御趣旨のお話だと思うんですね。
ありがとうございます。
田中公述人に、少し繊維の業界のことも含めてちょっとお尋ねしたいと思うんですけれども、御社に今現在で十二名の技能実習生がいらっしゃるというふうに伺いましたが、その皆さんの職種というのは、技能実習って職種がとても細かく定められていますが、繊維の関係の職種ってたくさんありまして、業態からすると染色という職種なのかなと思うんですが、どんな職種でしょうか。
○公述人(田中志治君) 弊社、名前のとおり、東海染工と言いますので、染色の委託業務をしております。その中でも、前工程、そのいわゆる染色前の生地の処理ですよね、そういった部署もあります。また、実際に染色をする部門、あります。当然、染色するためには色を作る、調色をする仕事もあります。そういったところ、いろいろございますけれども。
○仁比聡平君 ありがとうございます。
私がざっとちょっと見てみただけで、繊維関係、縫製関係の職種と言われるものというのは、染色、ニット製品、たて編みニット、婦人子供服、紳士服、下着類、寝具、帆布、布帛、あるいは座席シートの縫製と、などなど、技能実習の職種と言われるものが十種類は少なくともあるんですね。
先ほど平岡公述人の冒頭のお話で、自動車産業の集積地でもあるので、たくさんの細分化されたその業界がお互い協力し合って製品を作っていくというようなところもあるんだろうと思うんですけれども、今、染色のお話を伺っても、様々、幾つかの工程で一つの業が成り立っていると。
今後、外国人労働者に本当の担い手になっていってもらうということを考えると、そうした職種とか作業を細かく分類して、その作業しかやっちゃ駄目だというような形の形態、働き方ではなくて、やっぱりその染色という業そのもの、工場の作業そのもの、全体をやっぱり担ってキャリアアップを図っていくことができるような、そんな制度じゃないと魅力がないんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○公述人(田中志治君) おっしゃられるとおりで、先ほど言いました前工程、染色する前の生地の準備、準備というのはその加工なんですけど、それだけ技術を覚えてもやはり染色にはつながらない。だけど、染色だけ、じゃ、色を合わせる知識を覚えても、じゃ、何で染まるのか、その前工程の準備がどれだけ必要なのかといった知識までいかないといったことを考えたら、やはり我々の業界、その入口から出口までを一通り学ぶことによって非常にすごい知識になるかなと思います。
ですから、たくさんの業種が増えることは非常に有り難いですし、その三年間の間に確かにどれだけの知識を覚えられるかと言われると、本当に僕らからしたら一握りなんですよ。だから、もっともっといろんなことが学べたら、もっと国に帰ってから本当にリーダー、マネジャーという形で活躍できるかと思います。
○仁比聡平君 ありがとうございます。
建設もそうなんですが、その染色のお話伺っても、やっぱり技能というのは一朝一夕に身に付くものではないし、いろんな経験をしながら培っていくものなんだということをちょっと改めて思いますが。
ちょっと先に児玉公述人に伺った後に、平岡公述人にお尋ねしたいと思うんですけれども。
永住者の取消し、資格取消し事由の拡大に関してなんですけれども、お話を伺っていて、この間の在日日系ブラジル人の皆さんの三十年という、この三十年が、いや、本当に大変な御苦労、もうちょっと率直に言うと、苦難の歴史だったかもしれないなとちょっと改めて思いました。
先ほどは言葉を軟らかくしておられましたけれども、リーマン・ショックのときには、ブラジル人定住者が職を次々失う派遣切りの真っ先の対象ということにもなりましたし、三・一一で製造業全体がダウンしていくというときには、真っ先に景気の調整弁のようにしてブラジルに帰国をせざるを得なくなるという方々も出たわけですね。
そうした歴史を振り返ったときに、今回の、例えば公租公課を納めないと、税金なりあるいは保険料なりが納められなくなるという瞬間というのはこれまでも何度も経験してこられたんじゃないのかなというふうに思うんですが、いかがでしょうか。
○公述人(児玉哲義君) リーマン・ショックまではとにかく稼いでブラジルにお金を送る考えだったんですけど、できれば社会保険も入らず、その分をお金としていただく、そういうふうな考え方でしたね。
しかし、リーマン・ショック後、会社自体の考えも変わりまして、政府も厳しくなったので、今はどのブラジル人もみんな社会保険に入っています。
あとは、車買うんですけれども、保険料がもったいないから保険に入らずに運転したりして、後でひどい目に遭ったりしていました。今は会社自体が、もし通勤に車使うなら保険証券を見せろという制度になったので、今は普通にみんな保険に入っていますね。
○仁比聡平君 経済危機で収入がなくなったり仕事を失ったりするというときに、お金がないから実際に今おっしゃっているような保険が払えないということが起こり得るんじゃないかと思うんですけど、そこはいかがでしょうか。
○公述人(児玉哲義君) そのとおりですね。
○仁比聡平君 先ほどお話で中心に据えられていた子供たちのいろんな問題、夜回りが必要だったというようなことなんかも、そういう経済状況だったり格差だったり、あるいは差別だったりということを背景にしているということなんではないかなと思うんですね。
時間がないので一問だけ、あと一問だけ伺いたいと思うのは、という日伯交流協会の皆さんに、今回の法案について、永住者としての資格取消しの問題をヒアリングもせずに法案が提出されたんだと思います。協会に対しての意見聞き取りというのはされなかったんだと思います。
それ自体、私は不当だと思っているんですけれども、もしされていたらどんなふうに意見を述べておられたでしょうか。
○公述人(児玉哲義君) 私が意見を求めたのは、ブラジル国籍で永住権を持っている人たちの意見を聞きました。
○仁比聡平君 平岡参考人、冒頭の陳述で永住者も日本人と同様に罰則を適用すればよいではないかという御意見が示されたんですけれども、今の児玉さんの話も伺って、どうお考えでしょうか。
○団長(佐々木さやか君) 仁比委員のお時間が参りましたので、平岡公述人におかれましては簡潔に御答弁をお願いいたします。
○公述人(平岡康弘君) 今の問題でよろしい……(発言する者あり)
そうですね、先ほど冒頭に述べさせていただいたように、うちの方の当委員会から意見はそのように出ました。
やはりもうちょっと柔軟に考えていただいた方が、まだ、これからは多分運用か何かでそういうものって決まっていくんですかね、もう法律が決まってしまえば。その運用の中で、きちっと皆さんが理解できるような中身にしていただきたいなというふうには思っております。ちょっとかなりデリケートな問題になってくると思いますので、そうしていただきたいなというところです。
○仁比聡平君 ありがとうございました。
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