お盆。豪雨被災地を案じながら、大学のサークル活動の合間に帰省した娘、夏期講習と部活の休みがここだけの息子と久しぶりに過ごしました。家族がそろうとそれだけで安心なのが不思議です。102歳になった祖母も、5月に少し崩した体調を取り戻し、100歳違いのひ孫たちに囲まれて食欲旺盛。
69年前、祖母はまだ9歳の長女(私の母です)と2歳の双子(私の叔母たち)を連れ、早くに亡くなった祖父とともに北京で終戦を迎え、命からがら、山口県仙崎の港に引き揚げました。長崎県島原の実家に向かう途中、北九州も福岡も大空襲で焼け野原。諫早では長崎原爆の被爆者や、焼け出された子どもたちの飢えた目が地獄のようだったといいます。
そうした戦争と、戦争を遂行した強権国家への痛恨の反省の上に立つ憲法を、安倍晋三という人物はどうしてこれほど安易にねじ曲げられると考えるのか。戦争を美化し、「丁寧に説明し理解を得たい」などといいながら決まり言葉をくり返し、我意に反する民意には背を向け、厳しい議論は嘲笑できると思い込んだ自己中心的な態度。沖縄県民を力ずくで抑え込もうとする辺野古新基地の掘削強行。オスプレイの佐賀配備計画。激しい怒りに震えるようです。
広島の「平和祈念式典」で、昨年のあいさつを流用した安倍首相の言葉に何の力もありませんでした。国民的非難を浴び、その挙措が注目された長崎の「平和祈念式典」で、「いま進められている集団的自衛権の行使容認は日本国憲法を踏みにじった暴挙です」と面と向かって批判した被爆者代表に大きな拍手が沸き起こるなか、首相は極めておざなりに3回手をたたいただけでした。そんな政権をこれ以上存続させるわけにはいかないのです。
広島原爆病院でお見舞いした被爆者の方が、握った手を離さず何度も「戦争だけはしちゃいけん」と訴えられる姿に、憲法9条の原点を思いました。この秋は激しいたたかいの正念場になるでしょう。手をつなぎ、声をあげるときです。(しんぶん赤旗 2014年8月20日)