○仁比聡平君 私は、日本共産党を代表して、盗聴法拡大、刑事訴訟法等改悪案に断固反対の討論を行います。
今回、刑事司法改革の直接の契機となった厚生労働省村木厚子さんの事件を始め、繰り返されてきた数々の冤罪事件は、たまたまの不幸だとか刑事裁判に付きまとう弊害などではありません。憲法と刑事訴訟法に反する捜査権限の濫用によって生み出されてきたものであります。
そこには、捜査機関が描いたストーリーに従って、都合が悪ければ客観的証拠を隠してでも自白を強要する根深い自白偏重主義があります。その温床が、長時間、密室の取調べ、長期の身柄拘束を可能とする人質司法、代用監獄、調書裁判など、我が国刑事司法の構造的問題です。
北海道警元幹部の原田宏二参考人は、任意同行中の取調べについて、とてもじゃないが録音、録画できない、どんどん机をたたいてみたり、書類をばんと投げ付けてみたりと述べました。そのようにして獲得されたうその自白で冤罪とされた事件の第三者機関による検証、究明にさえ今も背を向けているのが法務、警察当局です。
本法案は、冤罪の根絶という出発点をすり替え、盗聴の自由化と司法取引導入、取調べの部分録画とその有罪証拠としての利用を柱にした憲法違反の治安立法にほかなりません。
衆議院にも出席した冤罪布川事件被害者の桜井昌司参考人は、昨年六月の当時と私たちの危機感は全く違います、法案は部分可視化によってますます冤罪をつくるものという確信になりました、どれだけ国民が冤罪に苦しんだら立法府は民主主義の最高の府として冤罪を防ぐ法律を作ってくださるんでしょうかと訴えました。この冤罪被害者の怒りに背を向け、成立を図ろうなど断じて許されるものではないのであります。
反対理由の第一は、盗聴の拡大です。
盗聴の本質は犯罪に無関係の通信をも根こそぎつかむ盗み聞きであり、適正手続と令状主義を侵害する明白な憲法違反です。
現行法は、一九九九年、厳しい国民的批判にさらされる中、辛うじて対象犯罪を組織的犯罪に限定し、通信事業者を常時立ち会わせるという与党修正によって強行されました。その使い勝手が悪いからといって、本法案は、対象犯罪を窃盗や詐欺など広く一般犯罪へ拡大するとともに、立会いを廃止しようとするものです。
法務当局は、暴力団が組織犯罪の手段として行うものや、組織窃盗、特殊詐欺、組織的な児童ポルノ事犯の四類型の組織犯罪に限定したと言いますが、それは傍受令状を裁判所が判断するときの要件にはなっておりません。逆に、二人以上があらかじめ窃盗などの役割を分担する意思を通じていると容疑を掛けられれば、それだけで広く通信傍受が行われる危険があり、市民団体や労働組合もそこから排除されません。
また、立会いの機能は、盗聴に新たに導入する特定電子計算機で代替されるといいますが、その設定は、個別事件ごとに警察が行うのであり、裁判所のチェックさえ受けません。これは憲法違反の盗聴を、第三者の目による監視が全く及ばない、警察署にいながらにしての秘密処分にしてしまうものであります。
この盗聴の自由化というべき拡大によって、立命館大学の渕野貴生参考人がプライバシー侵害は聞かれた瞬間に完成していると述べたとおり、携帯電話、メール、SNS等、膨大な市民のプライバシー情報はひそかに侵害され、蓄積される膨大な情報は公安警察を含むあらゆる警察活動に利用され得ることになり、国民監視の社会に変質させる危険は重大です。秘密保護法や政府が狙う共謀罪と結び付くなら更に重大です。断じて許してはなりません。
反対理由の第二は、取調べの一部可視化で一歩前進などではなく、逆に新たな冤罪の危険性を高めるものだからです。
自白強要の歴史は、人が、真犯人ではないのに、密室で捜査官から心理的に屈服させられ、実際に現場で犯行に及んだかのような詳細な自白、つまり、うその自白をしてしまうこと、一旦自白した影響は後の供述にも続いていくことの恐ろしさを教えています。その人権侵害と誤った裁判の危険をなくすために、取調べのプロセス全てを事後的に客観的に検証できるものにする、それが取調べ可視化の出発点であり、だからこそ、取調べの録音、録画は、憲法三十八条の黙秘権の実効性を保障するため、全事件、全過程を義務付けるものとするのが当然であります。
ところが、法案は、義務付けの対象を全事件の僅か三%の裁判員裁判対象事件と検察独自捜査事件に限定しています。しかも、取調べ官の裁量で、被疑者が十分な供述をすることができないと認めるときなど広い例外を設け、捜査側に都合の悪い取調べは録画されない濫用の危険があります。
さらに、四月八日、宇都宮地方裁判所で無期懲役判決が下された今市事件は、物的証拠の乏しい重大事件で、現に、検察と警察が別件逮捕、起訴による長期間の勾留を利用して多数回の取調べを行い自白を迫りながら、そのプロセスを録画せず、完成した詳細な自白は録画し有罪証拠にする危険性を浮き彫りにいたしました。
このような部分録画の映像が持つインパクトは、今市事件の市民裁判員が、臨場感があり自分の目で見ることに意味があった、決定的な証拠がなかったが録画で判断が決まったなどと述べるとおり、極めて強いものです。最高検察庁は、部分録画を有罪立証の実質証拠として使う方針を定めていますが、そうなれば公判廷ではなく密室の取調べの録画で有罪が決められかねません。
供述心理学の権威である浜田寿美男参考人が指摘するとおり、苦しくてやむなく自分で犯人だと語っている人と、真犯人が自分の記憶に基づいて語っていることを外から見て判別することは不可能であり、取調べのプロセスを全部明らかにしなければうそは見抜けないのです。
また、この事件を踏まえた私の質問で、自白強要の手段となってきた任意同行や起訴後勾留中の取調べが法案の録音・録画義務の対象にはならないとする法務当局の重大な見解が明らかになりました。これでは、今市事件と同様のことが捜査と裁判で繰り返される重大な危険があります。これに対し、法制審議会で全会一致だったはずの日弁連や学者委員の中からも、身柄拘束下の取調べは録画義務の対象になると根本的な不一致をただす声が噴き上がっています。法案では、違法な取調べを抑止できず、逆に新たな冤罪を生み出しかねないのであります。
反対理由の第三は、密告によって他人を罪に陥れる危険がある司法取引を制度化し、事件関係者を検察官の広範な訴追裁量権とその意を受けた警察のコントロール下に置くことによって、新たな冤罪を生み出す危険があることです。しかも、公判においても、密告者の氏名、住所を弁護人に隠し、防御権を侵害し得る仕組みまで明らかになりました。
皆さん、自白の強要による冤罪や、日本共産党国際部長の緒方靖夫元参議院議員宅の非合法盗聴を始め、卑劣な権力犯罪を何度も断罪されながら、謝罪すらせず、何の反省もない捜査機関に適正な運用などを期待するのは、憲法と刑事訴訟法の大原則を壊す重大な誤りであります。
九大の豊崎七絵参考人は、研究者の良心に懸けて、あるべき法改正は、公判中心主義にかなう抜本的な改革であり、端的に捜査、取調べを抑制することですと厳しく指摘をいたしました。
本改定案を否決し、冤罪を生み出す刑事司法の根本問題を徹底的に検証、究明した抜本的改革こそ強く求め、この危険な捜査権限の拡大という新たな局面において、日本共産党は、この濫用を絶対に許さない国会内外の闘いの先頭に立つ決意を述べ、反対討論といたします。(拍手)