何としても再び国会へ

 ある「父の日」。国会と全国を飛び回り、福岡の自宅にほとんど帰れない私に、子どもたちが「感謝状」をくれました。

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 「あなたは日々弱い人たちのために、眠たいときも、疲れたときも、よく仕事に励みました。家族のことも考えながらこれからもがんばってください」―もちろん議員会館の部屋に飾りましたよ。

202回の国会質問

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迎えた2010年参院選。議席を失ったときの胸をえぐられるような痛恨の思いが消えることはありません。

 議員会館と宿舎を片付け、九州に送り出した資料は、段ボール箱で130箱にのぽりました。国会質問だけで202回。ファイルの一つ一つを手にすると「西日本17県を代表して国会へ」と要請を受けて以来、背負ってきた重い責任と活動が思い起こされます。

 私の顔をみて言葉にならず涙をこらえる方。悔しさいっばいで手紙をくださった方。私は胸を揺さぶられました。政治の現場でたたかい続けることこそ、自分らしい生き方を貫くこと。党本部で国民運動委員会副責任者の重責を担って、「再び国会へ」の挑戦を決意しました。

 捲土重来(けんどじゅうらい)。反撃の参院選がいよいよ迫っています。

 弁護士の大先輩や同僚、後輩たち、被爆者や水俣病、有明漁民、肝炎やじん肺などの被害者たちが、私が議席を失っていることを、わが事として悔しがり、今度の選挙で慣れないマイクを握ってくれる姿には励まされますね。

二つの勝利判決

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  今春、うれしいことが二つありました。一つは、山口地裁で、私が国会で違法をただしたマツダの「派遣切り」を断罪し、派遣労働者を正社員と認める画期的な 判決を勝ち取ったこと。歴史的判決に、私の国会質問が生き、代理人弁護士として私の名前が刻まれたことを心から誇りに思います。

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同じ頃、深刻な不況で税金を滞納した自営業者の児童手当を鳥取県が狙い撃ちに差し押さえた事件で「正義に反する。児童手当は返還せよ」と勝利判決がでまし た。一緒に頑張ってきた「あったか民商」の全面勝利です。こうなってくると、なんだか裁判所からまで「国会に戻って働け」と言われているようではありませ んか。

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  普天間、辺野苗、高江。「オール沖縄」のたたかいは新たな高揚を迎えています。各県のJAの皆さんと、真剣な懇談が進んでいます。「原発なくそう!九州玄 海訴訟」の原告団も6000人を超えました。オスプレイ帰れ、TPP反対、原発なくせのたたかいも、まさにこれからです。

 今年、父母は喜寿。祖母は満101歳の誕生日を迎えました。先日も元気に北九州市戸畑区の街頭演説に来てくれました。

 毎朝、「しんぶん赤旗」のページをめくり、虫眼鏡で「聡平ちゃんは今日は載っとらんみたいやけど大丈夫やろか」と心配してくれています。長生きして本当によかったといえる世の中をつくりたいですね。

  私は、人権侵害と戦争を憎み許さない気迫の議席を、何としても取り戻します。参院比例は全国が一つ、日本中が選挙区です。ご家族、お知り合いに日本共産党 への支持を広げてください。私を「憲法が生きる時代」を切り開く運動の先頭に立たせてください。どうぞよろしくお願いします。 おわり (しんぶん赤旗  2013年4月28日)