第169回国会 参議院法務委員会 第6号
2008年4月8日 仁比聡平参議院議員
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
裁判官の定員増を図る本法案に我が党はもちろん賛成でございます。裁判官あるいは裁判所職員を始めとして、抜本的な増員が私はむしろ望ましい、それこそと思っておりますので、その点で最高裁や関係の部局の方々にエールを心からお送りをしておきたいと思います。
今日は、私も、刑事司法の在り方に関連して、三月の五日、福岡地裁小倉支部で殺人と放火の公訴事実について無罪判決が下され、検察庁も控訴せずに確定しました引野口事件について、大臣の御認識をお尋ねしたいと思うんです。
この事件では、被告人と犯行を直接結び付ける唯一の証拠として、警察の留置場、つまり代用監獄で一緒に勾留された別事件の被告人、A子と申し上げておきますけれども、このA子が留置場で被告人から聞いたという犯行告白ですね、これが中心的な争点になりました。
判決を私なりに要約をいたしますと、判決は、捜査機関は、同房者を通じて捜査情報を得る目的で意図的に被告人と同房者を同房状態にしたのであり、代用監 獄への身柄拘束を捜査に利用したとのそしりを免れないとした上で、本来、取調べと区別されるべき房内での身柄留置が犯罪捜査のために濫用されたこと、それ は被告人の供述拒否権、黙秘権への配慮に欠けること。そして、同房者自身も捜査機関に処分をゆだねている身なわけですから、捜査機関に迎合するおそれがあ り、その同房者を介して聴取、聴き取りする内容には虚偽が入り込む危険性があること。
これらを厳しく指摘をした上で、こう言っています。本件における聴取は、単なる参考聴取の域を超え、同房者を通じて被告人の供述を得ようとするもので、 虚偽供述を誘発しかねない不当な方法であり、被告人の犯行告白が任意になされたものとは言えない。身柄留置を犯罪捜査に濫用するもので、捜査手法の相当性 を欠いており、適正手続確保のためにも証拠能力を肯定することはできないと厳しく指弾しているわけですね。平たく言いますと、卑劣、ひきょうな人権侵害 で、刑事司法を誤らせる許されない捜査手法だと、そういう判決だと私は受け止めました。
無罪判決は出たんですけれども、その捜査の結果もたらされた犠牲は余りにも大きいものがございます。
この事件で被告人とされた片岸みつ子さんという女性に私もお会いしました。物静かな、本当にいいお母さんなんですよ。平成十六年の五月に逮捕をされて以 来、身柄拘束はこの無罪判決まで三年九か月に及びました。釈放されてから、周りから、うその自白をせずによく頑張ったねとみんなから励まされるそうなんで すけれども、そのたんびに戸惑ってしまうんだそうです。やってないことはやってないとしか答えようがないとそのたんびにその片岸さんはずっと思い続けられ ているんですね。しかし、事件の話になりますと、捜査機関のおごりあるいはむごさ、これに対する憤りは抑えることができないという御様子だと私は思いまし た。人を人間と扱わない取調べで、人の話も聞かずに初めから犯人扱いして自白を強要し続ける。自白が取れないとなると同房者を送り込んで、犯行告白なるも のまで獲得しようとすると。人間としてどうしてこんなことができるんですかというのが片岸さんの思いなんですよね。
先ほど今野委員からもございましたように、殺人罪で逮捕されて十日目に御主人が自殺をされました。片岸さんは身柄拘束をされていて、そして接見も禁止さ れていましたから、御家族とは全く会えません、弁護士としか会えない。ですから、弁護士から御主人が亡くなられたということは聞いていたけれども、そのと きに本当に大きな衝撃を受けたけれども、だけれども三月に釈放されて、解放されて、御主人が共犯扱いされ、精神科に通わなければならないほどどんどん落ち 込んでいって、そして最後は自殺にまで追い込まれたというその経過を少しずつ知りつつあるわけですよね、今。そのことが片岸さんにとってどれほどのショッ クか。
御長男がいらっしゃいます。和彦さんとおっしゃいますけれども、今三十三歳になられましたが、この事件が起きて、勤めていた仕事を辞めたんですよ。それ は、お母さんを信じて、その無実を明かすために支える活動、支援する活動に奔走をする上で仕事を続けられなくなったからです。片岸さんは、この一か月間、 無罪判決の後の一か月間、自分の不幸の四年間よりも、釈放されて子供の四年間の苦労を知っていくたびに、時がたてばたつほどひしひしとその苦労を感じ続け ている、その子供の苦労や怒り、悔しさを思うと、家族の時間を返してくれ、夫を返してくれと、そういう思いが募るばかりですというふうにおっしゃっておら れました。
失われたものは余りにも重たいと思うんです。ですので、大臣にお尋ねしたいと思うんですけれども、訴訟のルールだとか証拠の理屈というのはあります。た だ、それをおいても、人間として、政治家として、こんなひきょうなやり方で人の家族と人生が台なしにされると、そんなことなんかあってはならないと思われ ませんか。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 警察庁もあるいは検察、最高検も取調べの適正化ということで様々に真剣に反省をして指針を出したり、いろんな方 針を決めたりいたしておるわけでございますが、要は、氷見や志布志も同様だと思うのですが、取調べが適正を欠いたがために大変な裁判になってしまう。それ の結果だけで済めばいいわけですけれども、長い間拘束をされる、その間に家族に異変が起きるという意味で、その方自身の人生だけじゃなくて周辺の御家族の 人生まで破壊されてしまうということが十二分にあり得るわけですよね。
私は個別の司法判断についてはもちろん物は申しませんけれども、この片岸みつ子さんからは手紙をいただいて何度も読んでおりますし、こういうことが二度とないように厳しく指導をしたいと、今その一点を思っております。
○仁比聡平君 判決は、そもそも本件捜査においては被告人と犯行を直接結び付けるような客観的な証拠はなかったと明確に述べているんです ね。にもかかわらず、本件のような捜査手法を選択し、被告人の犯行告白を獲得して、同房者供述によってそれを立証しようという捜査機関に対して、将来にお ける適正手続確保の見地からして相当でないと断罪しているわけです。
私どもの憲法三十一条は適正手続、デュープロセスを保障しているわけですよね。代用監獄での身柄拘束を濫用し、自白やそれに代わる犯行告白を獲得しよう と、こういった卑劣な捜査手法による人権侵害を二度と起こさないというために、大臣が、私はこの場で、こういうやり方は許されないと、こんなやり方は絶対 に許さないとはっきりおっしゃるべきだと思いますが、もう一度その決意をお尋ねしたいと思います。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 事件の概要は私も存じておりますけれども、本当に細かいところまで熟知しているわけではありません。ただ、先ほど申し上げたように、お手紙もいただいて、私なりに強いショックを受けていることは正直に申し上げたいと思っております。
結局、同房者の勾留手続を他の被疑者の捜査に利用したというやり方、検察当局は、これはたまたまそういう形で話が聞けたということで違法でないという主 張をしたわけでしょうが、裁判所において身柄留置を犯罪捜査に濫用したと、したがって証拠能力はないということで、犯人である推定はできないという無罪な んだろうと、こう思うわけでございまして、そういう裁判所の判断についてはもちろん私コメントできませんが、一般論として申し上げれば、とにかく捜査とい うものは適正でなければならないと。
何度も申し上げておりますが、検察も警察も今後の捜査の適正ということには全力を尽くすべきだし、我々はそういう指導をまた強めていかなければならない と。なぜならば、そういう適正さを欠いたがゆえに人生や御家族を破壊するような恐ろしい結果があり得るので、厳しく指導しなければならないと。やや一般論 にはなりますが、私は今そう考えております。
○仁比聡平君 今日は、最高裁の刑事局長とそれから法務省の刑事局長、それから梶木矯正局長とおいでいただいているわけですけれども、 ちょっと時間がなくなってまいりまして、最高裁の刑事局長の御認識だけしかお伺いをする時間がないと思うんですけれど、代用監獄という勾留場所で勾留する というのは、これは裁判官の判断であり決定であるわけです。裁判所が決定したその代用監獄という場所を濫用してこういった捜査が行われ、地裁がこういう断 罪をしていると。こういった捜査を代用監獄を濫用してやるなんというようなことは許せない、その意思を裁判所としても私ははっきり示すべきだと思います が、いかがでしょう。
○最高裁判所長官代理者(小川正持君) 委員御指摘の判決では、委員御指摘のように、同房者を通じて捜査情報を得る目的で意図的に二人を同 房状態にするために代用監獄を利用したということができて、代用監獄への身柄拘束を捜査に利用したとのそしりを免れないと、そういう認定をされているとい うことは承知しております。
代用監獄についてどのように考えるのかと、こういう委員の御指摘でございますけれども、これ、やはり個別の事件についての御質問ということになろうかと 思いますので、その点についてちょっと御意見を事務当局として述べることは差し控えたいと思いますが、勾留場所の指定については、諸般の事情、例えば被疑 者の年齢や心身の状況、被疑者の供述態度、拘置所と警察の留置場の所在地、引き当たりや面通しの必要性などを総合考慮して判断していると、個々の裁判官が 判断しているというふうに承知しております。
○委員長(遠山清彦君) 仁比聡平君、質疑時間は終局しております。
○仁比聡平君 今の局長の制度と判断の一般的な基準を述べて済むような話ではないということは、もう局長も恐らく一人の裁判官としてはお分かりなんだと思うんですよね。
私は、自白の強要と冤罪の温床になってきた代用監獄は廃止すべきだとかねてから申し上げてまいりました。この事件を深刻な教訓にして、改めて代用監獄の 廃止、起訴後の拘置所への移監、あるいは否認している被疑者は拘置所で勾留するということなどを含めて抜本的な再発防止策を、今おいでいただいている部 局、それぞれ関係をしているわけで、私は真剣に検討するべきだと思います。そのことを強くお願いと要望申し上げまして、今日は質問を終わります。