肝炎対策

写真はすべて、11/30肝炎基本法成立後の報告集会で
写真はすべて、11/30肝炎基本法成立後の報告集会で

 薬害C型肝炎やB型肝炎で、仁比そうへい参院議員・比例候補は被害者や原告団との懇談を重ね、早期解決に尽力してきました。

 民主党は野党時代に肝炎対策を強く求めていながら、政権につけば急に及び腰。恒久対策の早期確立を求めてきた患者や支援者の期待が怒りに変わるなか、仁比さんは2009年10月、山井和則政務官(当時)に「原告のみなさんの願いは切実だ。一日も待てない」と直談判。「肝炎対策基本法」(同11月)の成立に力を尽くしました。

水俣病

小沢環境相(左端)に申し入れる市田書記局長(左端)、仁比参院議員(同3人目)、赤嶺衆院議員(同4人目)ら=2010.03.11、国会内
水俣病 全被害者救済を/共産党国会議員団 環境相に申し入れ

 水俣病不知火患者会の裁判闘争を当初から支えてきた仁比さん。患者を切り捨て、加害企業を免罪する「水俣病特別措置法」の成立(09年7月)に断固反対の論陣を張りました。

 患者らの座りこみや院内集会などあらゆる抗議行動を激励。参院環境委員会で、「すべての被害者を救済せよ」と迫りました。

 奮闘を見続けてきた不知火患者会の大石利生会長は「被害者のことを自分の体の一部として受け止めてくれる」と絶大な信頼を寄せています。

ハンセン病

ハンセン病療養所決議傍聴の谺さんと懇談=2010.05.21、国会内

 「人間回復のたたかいだ」。そんな思いで、ハンセン病問題に取り組んだ仁比さん。国の強制隔離政策を断罪した熊本地裁判決を弁護団席で聞きました。

 全国ハンセン病療養所入所者協議会などと連帯して、療養所の医療と福祉の充実を国に義務付け、地域への開放を可能とする「ハンセン病問題基本法」の成立(08年6月)に尽力。国賠訴訟をともにたたかった国宗直子弁護士は、「民主党政権になり(療養所の)将来構想の政策が進むのかと思ったが、実は何も進んでいない。きちっとモノをいう政党に期待するしかない。仁比さんの議席は絶対になくせません」と語っています。    

じん肺

トンネルじん肺 救済基金の創設を 署名提出集会

 トンネル掘削現場などで働き、粉じんが肺に付着するじん肺病。仁比さんは「被害を繰り返させないために企業、国の責任を追及し、解決に力を尽くしたい」として、訴訟支援や法改正などに力を注いできました。

 06年の参院厚生労働委員会で、国交省発注のトンネルエ事の積算では1日拘束11時間、労働時間10時間、実作業時間9時間となっていた問題を追及。「曝露(ばくろ=さらされる)時間を短縮するためにもせめて8時間にするべきだ」と求めました。川崎二郎厚労相(当時)は「労基法に基づいて規制を守ってもらうよう監督する」と答弁しました。

志布志事件

 公選法をめぐる冤罪(えんざい)・志布志事件で、08年2月、仁比さんは警察・検察による「でっち上げ」で人生が根こそぎ奪われた被害者らを直接訪ねて、調査。事件の真相解明と取り調べの全過程を「可視化」することに全力を尽くす決意を表明しました。

 参院法務委員会では、「可視化」をめぐる論戦を展開。「取り調べの過程を検証可能にすることなしに、どうやって(冤罪の)再発を防止するのか」と追及しました。

(しんぶん赤旗 西日本のページ 2010年6月16日)