熊本県で死者・行方不明者67人など甚大な被害をもたらした「7月豪雨」。日本共産党の田村貴昭衆院議員、仁比聡平前参院議員も参加して行った党熊本県委員会の球磨(くま)川の「豪雨水害治水調査」(8月2、3日)では、異常気象による記録的豪雨の一方、ダムが川の流れを妨げ、河床掘削・堤防強化など治水対策が進んでいないことが浮き彫りになりました。

 球磨川流域では、同じ場所に雨雲が形成され、帯状に連なる「線状降水帯」が流域をすっぽり覆うように複数発生しました。国土交通省九州地方整備局八代河川国道事務所のデータによると、4日午前7時ごろ、全川で水位が急激に上昇しました。
球磨川は谷を縫うように流れ、大きく蛇行しています。上流域の人吉市街地から球磨村渡に入ると川幅が急に狭くなります。

 調査団が訪れたのは中流域にある電源開発「瀬戸石ダム」(芦北町、球磨村)。発電専用で1958年に運転を開始しました。

 ダムの水量を調整するための五つのゲートは全開状態になっていました。両岸をつなぎ、ダム本体上部に設置されている管理用道路が下流に向かって右岸側ほど大きくずれ、最大約30センチのずれがあることを調査団は確認。ダムのすぐ横にある変圧器の施設の柵に流木が詰まっていました。

 狭窄(きょうさく)部にある同ダムのダム湖に堆積した6~9メートルの土砂が上流部の水位を上昇させ、浸水被害を深刻にしたと考えられます。「ダム検査規定」に基づく国交省の定期検査(2002~17年の8回)のすべてで、堆積土砂、水質、洪水被害、護岸補修を早急に対策すべき「総合判定A」となっています。

「ダム撤去いる」

 同行した、土木や河川などに詳しい研究者、技術者らでつくる「国土問題研究会」(京都市)の現地調査団は、ゲートがどんな状態だったかに注目。周辺の護岸の崩れ方が単なる水位の上昇とは違うと言い、流速などの情報が必要だとした上で「現状のままでは完全な施設とはいえない。10キロ下流にあった県営荒瀬ダム(八代市坂本町)のように撤去するべきだ」と指摘しました。

 人吉市街地の橋にはまだがれきが引っかかったままに。「1時間に4メートル水位が上がった」(商店主)という証言もある商店街に近い中州、支流の山田川との合流部の堤防の決壊現場を回りました。調査団のメンバーから「中州が原因で堆積した土砂がさらに被害を大きくした」「決壊しにくいコンクリート造の擁壁護岸も補強が必要だ」との声が上がりました。

 球磨村に入る手前にある同市中神町大柿地区(48世帯)の男性(77)は、堤防や河道の拡幅、掘削でも役に立たないほど「想像を絶する水量だった」と強調。「川辺川ダム(相良=さがら=村)ができていれば被害が減ったのではないかと新聞に書いてあったが、とんでもない話。1965年水害で市房ダム(水上村)の急激な放流が被害を大きくした」と話しました。

 川辺川ダムは、流域住民と県民の民意、それを尊重した知事の判断で2009年に中止に追い込みました。数十年にわたる流域住民や日本共産党のたたかいがあり、住民討論集会なども繰り返されてきました。知事の中止表明を県民の85%が支持しました。
今回の7月豪雨で市房ダムが決壊を防ぐため行う「緊急放流」までわずか10センチまで雨水が迫りました。

流域全体治水を

「ダムなしの球磨川の治水のあり方」が真剣に検討されています。

 現地調査と支援活動を行う「豊かな球磨川をとりもどす会」のつる詳子事務局長は「ダムだけ堤防だけで災害を防げる時代ではない。流域全体で受け止めることです。河川行政は50年以上ダム、堤防を過信しすぎていた」と話します。

 中島熙八郎・熊本県立大学名誉教授(農村計画学)は、川辺川、球磨川の清流を損なうダムはつくらない前提で「人間の方が災害を避けるように高台移転やかさ上げなど住み方を変えていく方法を考える必要がある。被災者の要求に基づいて、行政、国交省もすべての情報を開示して平等に話し合って考えないといけない」と語りました。(しんぶん赤旗 2020年8月18日)